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K-magazine 第3号
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MESSENGER 朴慶南さん

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―石原都知事の例の「三国人」発言から一年。以来、「石原止めろ!ネットワーク」で代表を務められて活動されてますが、今の状況をどのようにお考えですか?

 発言を聞いたときに非常に怒りを覚えて、このまま聞き流すわけにはいかないということで「石原止めろ!ネットワーク」を立ち上げ、代表になりました。

 日本に住む外国人とどう共に仲良く生きていくかということがとても大切な事なのに、それを引き裂くような「外国人は恐ろしい存在だ、危険な存在だ、犯罪を犯す存在だ」という排外主義的な言動をしている。このような思想、信条を持ち合わせている人に自治体の首長をしてもらっているわけにはいかない、とにかく止めて欲しいという事で、一年間色々と集会を持ったり、デモをやったりしてきています。

 問題なのは非常に人気があるという事。なぜ人気があるかというと、リーダーシップがある。自分の意見をはっきりと大きな声で言うという所にあります。日本人は自分の意見を持つよりも、長いものに巻かれ、付和雷同して先頭に立つ人について行きたいという気質があるから、石原氏の考えや発言を冷静に判断せずに、雰囲気だけで支持してしまう状況があり、それで今もまだ支持率が高いと思うんですよね。

 最近もひどい言葉をまた吐いてるんですが、産経新聞のコラムに「中国人の犯罪の残虐な手口を見れば、民族的DNAがわかる」という趣旨のことが書いてあるんですよ。今日本に入ってくる中国人は皆犯罪者だっていうような書き方をしている。それは非常に恐ろしい表現なんですよ。ナチズムと重なり合うような。

 しかし産経新聞の記者はそのコラムに対して、目が洗われるようなすばらしい内容だったという風に書いています。石原が暴言を吐いてもそれをおかしいという声があがってこない。そこまで人権感覚がなくなっている、麻痺してしまっているという恐ろしさがあります。

 「東京エイリアンアイズ」でも、日本に住む外国人が当たり前の権利を持って共に生活をしていくという事を大事にして活動しているんですけれども、現実は特に石原発言後に排他的なものが強くなりました。東京の赤羽の方では「中国人を見たら一一〇番」という文書が出ています。警察から出されたんでしたっけね、あれは。それはさすがに撤回されたようですが。また、私の友達の住んでいるマンションでは「他国人を見たら一一〇番」と書いてあったそうです。他国人とは一体誰を指しているのか。そういう表現で外国人とは「危険な存在」という流れが石原発言以降にできてしまっている。

 だからこそ、ターゲットになりやすい人たちの為にも、権利を主張できない人たちの為にも、在日である私や辛淑玉 が強く言わなければならないんじゃないかと思って、石原やめろネットの関わりを始めたんです。

 けれども現実は、一年経って石原氏は三国人発言を撤回しない、ますます差別 的なことを言い続けている、またそれを受け入れていく日本社会があるわけですから、非常に危機感を持っていますね。

―先ほどの記事ですが、「中国人を見たらピッキング犯と思え」、という趣旨の発言もあったように記憶しています。そういうことを言っても、「あの人なら言うなあ」という雰囲気になっていて、その方が確かに恐いですね。

 そういうセンサーが麻痺しちゃってて、小泉総理も例えば靖国神社には八月一五日に必ず公式参拝するとか、憲法は変えるとか、そういうことを言ってもあれだけの人気があるから不問に付されちゃう。それがどういうことなのかという危険性を感じないで、人気だけで引きずられていくというか。小泉氏が言っていることを中曽根元総理が言うなら、これは危ない、きな臭いなと感じるんだけれども、石原氏とか、小泉氏の場合はそのまま受け容れられてしまうのが恐ろしい。中曽根氏ははっきりと小泉氏と石原氏と自分はDNAが同じだと言ってるみたいね。

 憲法改正、有事立法、靖国への公式参拝などを皆やってくれるし、同じ考え方だと。本当に国家主義的な、タカ派的な流れができているので、恐いですよね。非常に。

―朴慶南さんは多文化共生ということをお考えの上で、在日こそが他のもっと弱い立場の外国人のためにもやらなきゃならないと仰っておられると思います。そういう考えはいつ頃から?

 身の回りで出会わないと、人って分からない。私の場合も在日として生まれ育ってきて、周りはやっぱり日本人が多かったわけですよね。私が親しくなったカンボジア人の女性がいるんですが、彼女と出会って仲良くなって、そしてそのカンボジア人の視点で色々ものを感じるようになった時に、例えば彼女はカンボジアレストランを開いていたんですけども、一階がパチンコ屋さんなんですね、在日のやってる。そしたら、そのパチンコ屋が、店を出て行ってくれと。ニンニク臭いと。カンボジア料理はニンニクを使いますからね。だからパチンコ屋に客が来なくなると。

 それを聞いて、非常に怒りを持ったんですよね。私たちの親の世代は日本で苦労して、ニンニク臭いというのが差別 の言葉で、そういう嫌な思いをしてきたはずなのに、そのされてきたことを今新しく来た外国人の、より弱い立場の人に叩きつけてる。つらい思いをしたこと、つまり日本人から受けたことに関しては、変な言い方ですけれども、それを糧にして、やっぱり自分がそういう差別 に関する感覚をしっかりと研ぎ澄まさないと、差別されてきた甲斐がないじゃないですか。より自分が深く豊かにならなければ。されて嫌なことを、より弱い立場の人にしてるということは、やっぱりおかしいんじゃないかと思ったんです。

 彼女と出会ったことによって、色んな国の人たち、カンボジアの人、タイの人とか友達が広がっていきました。在日だけじゃなくて、日本に住むマイノリティーとして、共にどうすればちゃんと自分の国の文化などを大事にしながら、人権もちゃんと守られ、一緒に日本人と共生していけるかっていうことが身近で切実なことになったんですよね、友達を通して。

 内なる国際化っていう意味では、日本に住む様々な国の人たちの文化も受け入れれば、その分また日本の文化も豊かになるわけですから。一緒に、共に生きていくって事をしない限り、日本にはやっぱり未来はないという感じはすごくしています。そういう意味では石原慎太郎知事の一連の言動とか、「新しい教科書をつくる会」などのああいう戦前に逆戻りする流れは、それと逆行するものですよね。

―講演活動などでたくさんの日本人の方にお会いになる中で、当然朴慶南さんのお話に賛同し、今の流れを止めようという人もたくさんいらっしゃると思います。そういった方々と日本社会の加速度的な国家主義への流れ。このギャップは?

 色んな国の人々が仲良くしていくことに楔を打ち込んで引き裂いていこうとする人たちっていうのはいるんですよ、間違いなく。石原氏もそうだけれども、ああいう教科書を作って子どもたちを教え、戦前と同じ教育勅語のようなものも作り、どんどん教育の現場から教育基本法も変えて国家主義的なほうにしていこうとしている人たちは、どうもお金を持ってるんですよね。財界がお金を出している。メディア対策もすごくうまくて、メディアを上手く使ってどんどん広げていく。

 私の持論ですけれど、悪っていうのはすごくしたたかで悪知恵が働いて、エネルギッシュなんですよね。だから、お金と悪のエネルギーでワーッと行くじゃないですか。だけどそれを迎え撃つ人々っていうのは、ここまでヒドイことはしないだろうとか、なかなか相手を見極められないんですよね。戦略戦術的に長けてますからね、権力を持ってる人っていうのは。その権力に立ち向かうためには、すごく知恵を働かせて、戦略戦術も上手くして、それから色んな人をひきつけるための手段なんかも工夫したり、そういうことが必要だと思うんだけれども・・・。真面 目はとっても大切だけれど、そういう力にどうしても押されがちになってて、その辺が私にもちょっと課題なんですけどね。

 例えば、石原都知事の三国人発言から一周年ということで都庁を囲むデモをして集会をやったけれども、結局メディアは取り上げてくれなかったんですよ。報道されなければ、これだけ石原氏の言動について反対してる人がいるっていうことが伝わらないんですよね。伝わらないと、反対する声が届かない。メディアは繰り返しワイドショーなんかでも小泉政権の宣伝してますよね。視聴率も高いし、支持率につながっていく。だからそういうものと戦うためにはどうすればいいかっていうのが私の課題なんですけれど。 

 確かに、おかしいと危機感を持っていて、話をすればわかってくれて、「そうだよね」って言ってくれる人たちばかりなんだけど、そういう声がどういう形で届いて広がりをもつかっていうことに関してはしっかりと知恵を絞ってやらないと。

 わりと少数だと思うんです、悪い流れをつくっていこうとしている人達っていうのは。そういう流れは良くないと思っている人は本当はちゃんと考えれば多数なのに、その多数がどういう方向で自分たちが声をあげて手をつなげばいいかが、どっかでもう、その手段を失っているというか。前だったら、何かおかしければ声をあげたりデモをしたり、もっと声を出したと思うんだけども、それがいつの間にかもう麻痺しちゃってて、まあいいじゃないかと。気が付くと恐ろしいことになってしまうことに危機感をそこまで抱かずに、声を出すことを忘れているような感じがするんですよね。

 講演をしていてよく思うんですが、集会で集まってる人は皆分ってる人たちで、そういう人たちとではなく、そうじゃない人間を変えていく言葉をどう持つのかということが大切な気がします。

 いかに自分が人を変える、人に届く説得力ある言葉を持つかが必要じゃないかなって思ってて。言葉を持ってつながっていくことですよね。

―インターネットで慶南さんを検索すると、一〇〇件以上になるんですよね。

 え、知らなかった!パソコン、だめなんですよ。(笑)

―全国津々浦々に講演に行かれているということがインターネットの検索からも分かるんですが、主催団体も運動団体より市民サークルなどが多いですよね。講演で伝える上でのポリシーは?

 学生時代に運動をずっとやってたんですが、その頃はかくあるべき、こうすべきといったふうに正攻法でやってました。でもそのやり方だけでは人も社会も変わらない、心に届かないという限界を感じて。よりたくさんの人たちに効果 的に伝えていくにはどうすればいいんだろうと私なりに考えてみたんです。

 それで、私は朴慶南という名前だから、在日韓国・朝鮮人とすぐわかる訳ですよね。まず垣根をとりたい。自分たちとは違うということは、はずしてもらいたいと。ありのままの自分を率直に出していく。自分が体の力を抜かないと、相手も抜かないんですよね。自分が心を解放していないと、相手もそうできない。人間同士として向き合い、そこで出会って共に感じたり考えたりすることが先にあって、その後に民族や国というのがくる。そうすると相手側も自然にふっと寄り添ってくれる。そこからスタートさせるんです。

 内容も、もちろん現実の問題や歴史的な事実も伝えていくけれど、分かり易く具体的にということを心がけています。また、そのことを理解してもらうためには、まず話をしている私自身が生き生きと生きている、一人の人間として一生懸命に生きてるんだなっていう、何か響きあう魅力がないと、説得力に欠けると思います。

 私には「なんかこの人楽しそうだな」という感じの雰囲気がどうもあるらしくって、在日であることは決してマイナスではなくてプラスである、在日として生まれたことだって糧にして、これも自分をつくる要素なんだよっていう話をするんです。色んな出会いを大切にして自分を大切にしながら生きるということは、人を踏みにじらない、踏みにじられないということが基本にある。自分を輝かせて生きようと思えば、そこには人を差別 するとか、人の国を踏みにじるとか、そういうのはまったく入ってこないんだと。

 登校拒否の小学生が私の本を読んで手紙をくれたんですけど、10歳のその女の子の手紙に、「『私は私以上じゃないし、私以下じゃないし、私自身である』という言葉がすごく気に入りました。私の人生は自分で生きるんだいと思いました!」って書いてあったんです。

 等身大の、ありのままの自分自身を大切にして生きようよ。私が伝えているメッセージはこれに尽きると思います。

―話を少し移して地方参政権問題について伺います。これを持つことによる在日にとってのメリットと日本社会への影響は?

 在日としてのメリットについて最初に言うならば、票を持ってるからちゃんとしてくれって言うのも変なんですけど、議員に対して改善して欲しいところ、是正して欲しい所を在日の側は要求しやすくなる。基本的なこと、たとえば私の身近にあった例で言えば、バイトの応募ひとつにしても国籍によってはねられるということがあったんで、選挙権があれば企業の側の対応も違うんじゃないかっていうね。おかしいところはおかしいと言う当然の権利を主張していく場合に、選挙に一票投じることで主張できるし、意見が言える。向こうも無視したり踏みにじるわけにはいかない。だから切実に参政権は在日の側から必要だろうと思う。

 日本社会にとってどうかっていう部分では、日本はかなりの人権後進国で、そのへんの成熟度、ないですよね。人権がきちんと護られないってことは、在日だけではなくて、日本人自身にも大きな問題で。マイノリティというか、置かれている状況が大変な人たちを基本にして大事にする、その声を汲み上げるってことは、その他大勢の人たちの存在が尊重されることになるわけです。

 それから、世界に向けても開かれた日本としてイメージアップすると思いますよ。石原都知事のあの三国人発言うんぬ んを辛淑玉が国連の人種差別撤廃委員会で報告したときに、反響が大きくて、石原氏に対して厳しく批判されて勧告があった。日本という狭い国の中ではありがちだけども、世界の常識からはあの差別 発言は犯罪になるようなことなんですよね。そういう人権感覚というのが著しく欠如した状況。在日を含むその他の外国人に対しても人権を保障して守ることによって、日本が世界から認められる国になる、そういう気がしますね。

―地方参政権という権利が与えられたときに、先ほど仰ったような企業の側などの在日に対する差別 の是正や、市民として認められるような状況に?

 全てが解決されることは勿論ないけれど、一つの一歩ですよね。勝ち取るべき、変えるべき、当然のものとしてあるべき。試金石ですよね、日本の。地方参政権を持てたとしてもまだまだ勿論問題はあると思うけど、まず今の段階ではそこから一歩踏み出さないと。

―70年代に坂中永徳という人が法務省内でいわゆる坂中論文というものを書きましたが、その人が数年前にまた新しく在日コリアンに対する「提言」を書いています。その中で、「心は日本人なんだから、日本国籍を取ったほうが実態に合うんだ」、「そんなに民族が大事であれば民族名を残せばいいじゃないか、コリア系日本人として生きていく道もあるんだ」みたいなことを書いている。地方参政権を外国籍の永住者に与えようという流れの一方で、なんとか与えまいとする色々な説というのが出てきますね。日本国籍を取得させるための論と言いますか。

 そうですね、今出てるものね。新たな皇国臣民化じゃないかと思ってしまう。

―ああいうのをいつもウソ臭いなと思っています。民族名を残せばいいじゃないかと言いますが、日本の中で一番厳しいハードル、それが名前ではないかなと感じていまして。日本国籍であっても、例えば私が自分の名前、琴玲夏で不動産を借りようと思ったときに・・・

 そうですよ!だって長男が就職決まって部屋を探すとき、不動産屋に言われたのよね。九割の大家さんは断りますと。貸すのは一割いるかどうかだって。そんな排他的な日本の中で、名前だけ残せばなんてね。日本社会を変えないで、日本国籍さえ取らせればいいなんて筋違い。順番が違うもん、本当に。こんな日本社会を温存しといてね、ただでさえあの石原都知事の発言を初め、おかしい状況にますますなっていく中で。

―フランス育ちの知り合いの日本人女性が、フランスで「外国人お断り」なんて不動産屋がやったら裁判沙汰でえらいことになる、なんで日本で許されてるのか理解出来ないと驚いていました。本当に世界の常識と私自身もすごく離れたところに生きている。

 日本にいるといつも理不尽なことをやられているから慣らされちゃうけれども、その異常でおかしいことをやっぱり変えない限りは、日本人自身にとっても不幸なんですよ、こんな日本だったら。「外国人お断り」って自分たちにイヤなものは全部排除していく日本な訳じゃないですか。ちょっと目立ったり違うものは押し潰していくのが日本社会じゃないですか。その人が自分自身として生き生き生きられないわけですよ、そういう社会ってのは。

 日本社会のこの均一化、それこそ全体主義につながるけど、上からの命令を黙って無批判的に受け入れ、従っていく。日の丸君が代が法制化された後、それを強制されることに対して学校の先生がイヤだと言ったら処分の対象になったり、思想信条の自由も奪われつつある。小さなピースリボンをつけることによって拒否の意志を表しても、処分されるという・・・。

―怖いですよね。去年の冬に、東京国立市で教職員組合の人が12名くらい処分を受けたというニュースを見ました。職務中にも係らず組合活動をやったからという、そんな理由だったんです。国立市などもかなり日の丸、君が代の締め付けが厳しい地域で、何かしらの関連があったのではと想像しました。

 今すごいですね。国家主義への強制。右に習えじゃないけれども、違う意見を言ったりすることは許さないみたいな状況が醸し出されていて、それこそ非国民という言葉がそのうち本当にまかり通 るような、非常に恐ろしい状況になっていると思いますよね。

―そういう状況の話をしていると、時々闇雲に怖いなー、どうしよう、と思ってしまいます。未来の悪状況ばかりが頭に浮かんでしまって。でも一方で、そんなにパニックに陥っていてもダメだろう、と思うんです。慶南さんなりの未来像を聞かせて頂きたいのですが、未来はどうですか?

 暗いと思う。でも暗くするか明るくするかはやっぱり一人ひとりにかかっている。モンスターがやっている訳じゃなくて、人間のやっていることだから、人間で解決できないことはないと思っているんですよ。どんどん日本が右傾化していって、今の小泉氏の支持率の異常な高さが怖いなと思いつつも、そこでメゲてしまったらそういうふうにしたい連中の思う壺だから。

 それに日本人の中でね、楽観的な希望じゃないけれども、あの戦争、ー勿論加害者としての戦争責任を曖昧にしたまま自覚がないのも問題だけどーそれでも戦争はいけない、平和が何より大切だってことは皆身にしみて分かっているだろうと思うんです。どこかでバランス感覚を持っていると信じたいんですよ。実際、私の周りでも頑張っている人は多いし。それはメディア、マスコミの責務でもあると思うけれど、マスコミに期待できないならば、やはりおかしいと思っている人が届く言葉を持って話していく、伝えていく、声をあげていくということでしょうね。

 今日本は日本だけで成り立っているわけじゃなくて、周辺の国々と関わらざるをえないんですよね。教科書問題で中国・韓国が懸念を表明しているけれども、完全に無視することが出来ない。ワールドカップにしても、一緒に手を取り合っていかなければならないしね。 

 日本だけが突出しておかしい方向へ行こうとしたときに、日本の中でもバランスをとろうとする力も働いてくると思うし、外からも日本に対してそれはおかしいんじゃないかと声があがってくる。 

 今確かに日本はおかしい状況だし危ないけれども、この歴史に責任を持つのは私たち一人ひとり。時代に、歴史に、誠実に生きたいじゃないですか。自分一人の力だったら微力のようだけれども、一人ずつと繋がっていけば、それが広がって大きな力に必ずなっていく。現状を打ち破り、未来を切り拓いていく力になると思うんですよね。だから、諦めないこと、知恵を持つこと、勇気を持つこと。

―慶南さんの人生の上でのモットー、キーワードは?

 「命さえ忘れなきゃ」かな。それと、講演で最近よく話していることは、チャップリンの「ライムライト」の中の『人間にとって必要なのは、少しのお金と勇気と想像力だよ』という台詞。 

 例えば皆と同じ考えに押し流されていった方が楽なときでも、自分は違うと思ったら一人でも違うと言える勇気。ハンセン病の国家賠償訴訟の控訴を断念したけれども、本当に間違っていると思ったらちゃんと謝る勇気。戦争の事実や植民地支配、戦後補償問題、宋神道さんの従軍慰安婦裁判などなど。真実を直視し、認める勇気がないから、ああいう事実をねじ曲げ、自己正当化をするようなとんでもない教科書をつくる。

 辛い痛みを受けた人や困難な状況に置かれている人たちに対する想像力を持てば、世の中随分変わるような気がする。その想像力の枯渇がひどい状況をどんどん生んでいくんじゃないかと思うけれども。日本に来るために飛行機に乗った故・金学順さんは、飛行機の尾翼の日の丸を見ただけで体が震えた。日の丸を見て体が震える、むごい記憶を呼び覚まされる人がいるという想像力がないから、その旗をずっと掲げ続けても平気で、そして今また法制化して押し付けようとする。だから常に想像力を持つというのが大切じゃないかと思う。

 それと、厳しい現実を見据えて戦うことは必要だけれども、やっぱりより良い未来を描くという想像力がないと、人は力が沸いてこない。だから仲間と一緒に手をつないでいくこと、笑顔、笑うことを忘れない。そこから活力を出して、希望と未来の確かな展望をね。楽天主義を持たないと、想像力を持たないと、前に進んでいかないと思うから。

―最後に、在日三世にメッセージを贈られるとしたら。

 せっかく生まれてきて一度しか自分の人生はないでしょ。だから私は、自分をどう素敵に輝かせて生きるかっていうのが目的なんですよ、生きることの。自分のもっている様々な要素を生かして、それを糧にして、どんどん魅力的になっていきたいと思うんですよね。

 私が在日コリアンであるということはすごく大切な糧の一つで、そのことが私にとってすごいプラスになっていると思うんですよ。本にも書いたことがあるんだけど、最初から偏狭で心貧しい人は、まず近づいてこない。自分が人を選ばなくても偏見から解放された人と出会いやすいってことは、私にとってはいい出逢いがたくさん生まれる素になっているんです。

 在日韓国・朝鮮人として生まれ、生きていくということは、葛藤じゃないですか。自分の国じゃないし、たくさんの壁や問題があるし。その葛藤のなかで鍛えられ、深く考えを掘り下げられる。また、想像力の豊かな人間になれると思うんです。

 自分が自分であることに自信を持って欲しい。そしたらその自分自身というのが、どんなことだって跳ね飛ばしていくんですよ。跳ね飛ばしていくって言ったら変だけど、そんな気がします。だからね、魅力的でカッコ良くなるすごい大きな糧を持っているんだから、在日であることはそれだけでラッキーだったじゃん、すでに。メッセージはこれに尽きますね。

―ありがとうございました。

 いかめしい顔をした校長先生を壇上に上げる。いきなり身ぐるみをはいでチマ・チョゴリを着せる。そんな光景を想像してみてください。まな板の上の鯉と化した校長先生。大喜びで拍手喝采を送る生徒たち。そんな風に場をリラックスさせて、慶南さんは講演を始められるのだそうです。ユーモアたっぷりの人柄を瞬時に会場に伝えるだけでなく、コリアの文化を目にも心にも焼付かせる。お見事な手法だと思いませんか。  考え抜かれた軽やかさが、インタビューの間中伝わってきました。是非、著書を手にとって慶南さんのあたたかい世界に触れてみてください。(玲夏)



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