「Kカルチャー」
<映画評> 『ホタル』 降旗康男監督
「(小泉首相の靖国神社参拝により)また遠のいてしまうのかという思いがしている。特攻で亡くなったある朝鮮人航空兵の遺骨返還のことであるー中略ー遺骨は東京・目黒の祐天寺に保管されている。ここには、朝鮮半島出身の戦没者の遺骨がほかにもあって、いつになるかわからない帰国を待っている。朝鮮人航空兵を扱った映画『ホタル』が上映されたこの夏は、例年になく問い合わせが多いそうだ」(朝日新聞『天声人語』八月十一日付より)
主人公の山岡秀治(高倉健)は、妻の知子(田中裕子)とともにカンパチの生簀で生計を立てている。かつて漁師だった山岡。沖の漁へ出たい思いは強いだろう。しかし、妻は腎臓を患い、人工透析を続けている。言葉にはしないが、妻の体を気遣う想いはそれを越える。
昭和が終わったその冬、一人の男が死んだ。
藤枝洋二。山岡の戦友であり、同じく特攻隊の生き残りである。
死ぬ一月前、藤枝は鹿児島に足を運んでいる。特攻平和会館に行き、「知覧の母」と特攻兵から慕われた、富屋食堂の山本富子を訪ねながら、何故、偶然不在にしていた山岡には会わずに帰ったのか。
特攻兵の遺骨・遺品を遺族に帰すことを、富子は終生の仕事としていた。多くは目的を果 たせた。体も衰え余生は施設でと考える富子には、しかし、どうしても帰せない遺品があった。民俗の祭りの面 を模った、「金山」少尉の遺品。
戦争を題材にした映画の中でも、広く偏りのない視野で撮られた点において、この作品は秀逸である。これは、日本人の為だけの映画ではない。
「金山」少尉、本名キム・ソンジェ。山岡・藤枝の上官であった、と同時に、知子の初恋かつ許婚の人。植民地出身の「日本」兵を、愛し敬われる存在として描き、人格を与える。この人物の登場によって、この映画は俄然深みを増す。
山岡も実は「金山」から「遺品」を預かっていた。全てが日本軍の検閲にさらされる中、遺言にすらも本当の胸中を吐露することなど叶わない。だが金山は山岡に託した。届く当てのない、特攻が特攻に残す、知子と家族に宛てた「第二の遺言」を。
山岡は、知子とともに「金山」の故郷に遺品を届ける決意をする。故人とはいえ、かつての妻の許婚相手。心中複雑だ。しかし、知子の余命、幾ばくもない。この事実が、山岡に決心させた。
「日本の為にソンジェが死ぬはずない。」遺族は、未だに受け入れられずにいた。ソンジェが死んで、なぜお前は生き残ったのか。憤怒の視線の中、山岡は遺品と遺言を届ける。
「私は必ずや敵艦を撃破します。しかし、私は大日本帝国のために死ぬのではない。朝鮮民族の誇りにかけて、知子さんと故郷の家族のために死ぬ のです」
強烈に印象に残ったシーンがある。老人施設に入る富子を送る会で、富子は泣き崩れる。「知覧の母」と慕われた自分を責める。本当の母親なら、何があっても息子を守るものだろう。例えお国のためとはいえ、どうして死んでこいだなんて言えただろう、と。
深い悔恨を抱きながら生き続けるということは、どんなにつらく苦しいことか。生き残った特攻兵然り。癒えることのない傷を抱えた一人一人の「こころ」を前に、私は、とめどなく流れる涙を、拭うことを忘れた。 (琴志夏/ミュージシャン /東京)
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