「Kカルチャー」
<書評> 「順伊おばさん」 玄基榮著
「彼女は、その時すでに死んでいた人間であった。」
その時とは、一九四八年の「済州島四・三事件」である。米軍介入の五・一〇選挙は分断を固定化するものだとして、南朝鮮労働党の一部がゲリラ化し、島内の警察署を襲撃することに「四・三事件」は端を発する。これに対抗し軍・警察・右翼青年集団である「西北青年団」が主軸となり、強硬な武力鎮圧が展開される。一年に渡る集団虐殺・焦土作戦により、多くの無関係な島民三分の一以上が落命したという。
主人公は八年ぶりにソウルから済州島へ帰郷する。済州島―独特の方言や習俗など朝鮮本土とは異にした特殊性のある島。本土による、一種、差別 的風潮もともないがちだ。そんな劣等感が主人公と済州島に八年もの空白をうみだした。帰郷後そこで主人公は「順伊おばさん」の死を知ることとなる。死因は青酸カリによる服毒自殺。現場は事件当時、集団虐殺が行われ、彼女が唯一の生存者となった窪み畑であった。
作者の玄基榮は一九七九年に本書『順伊おばさん』を出版するが、「四・三事件」が主題であることを理由に、当時の国軍司令部から拷問を受けた。また、同じく「四・三事件」をテーマにした作品を多く執筆している本書訳者である金石範も批判や黙殺といった冷遇時代を有する。
本書では、この事件に関する責任の所在やイデオロギーといった政治的要素には一切、言及していない。ただ、そこには残虐行為の総毛立つような恐怖によって朴訥な島民たちが受難した、癒えることのない傷が強調されている。しかし島民たちの癒えることのない傷に尚一層の拍車をかけているのが、事件がタブー化され歴史から長年に渡り隠匿されてきた事実にあるのならば、ストレートに政治的な訴えをするより遥かに体温が伝わってきて痛ましい。
本書は意外なことに私に自己回帰とルーツというものを示唆してくれた。というのも、私の父親がこの島の出身者だからである。そして初めて父の口から私の祖父・伯父がこの事件で亡くなったことを知った。祖父はゲリラに殺され、南労党の運動員だった伯父は政府によって処刑された。親子でありながら相反する勢力によって事件の犠牲となったのである。祖父・伯父の生前の記憶などほぼないであろう父でも、二人のチェサ(法事)を欠かしたことは一度としてない。そして、この時だけは祖父と伯父、二人の茶碗は仲良く並ぶ。
私は過去に三度、済州島を訪れたことがある。一度目は今から遡ること十六年前、三度目にその地に足を踏み入れたのは三年前のことである。その十三年間で島の様子は一変していた。
地元観光局は「韓国のハワイ」と謳い、島内を軽快に走行する自動車の殆どが綺麗に磨かれている。最新設備の整った明るい色調の高級ホテル。日本のファッション誌をめくれば日本人観光客をターゲットにした誘致広告も目にすることができる。そこでは、まさに楽園。しかし今の私にとっては、悲しいかな楽園と称されれば称される程、痛哭の歴史が色濃く相を呈してくるように思えてならない。その姿は本書主人公がこの島出身である自分を忌み嫌い、済州島訛りを意識的に抑制したり戸籍を移したりして、躍起にソウルの人間になろうともがく姿に似てなくもない。
「彼女はその時、すでに死んでいた人間であった。ただ、三十年前のその窪み畑で、九九式歩兵銃の銃口から飛び出た弾丸が、三十年の紆余曲折の猶予を送り、いまになって彼女の胸を撃ち抜いただけのことだ。」
順伊おばさんの傷はとうとう癒えなかった。そもそも、こんなにも深い傷の癒える日は果 たしてくるのだろうか。分からない。 (姜華林/東京)
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