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K-magazine 第5号
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MESSENGER ピョンヨンジュ監督

―監督は一九六六年生まれでいらっしゃいますね。八五年に大学に入学なさって、韓国にとって時代的に大きな意味を持つ時期を大学で過ごされたわけですが、八〇年代の学生運動について今どのようにお考えになりますか。

 私は基本的にとても臆病な人間だったし、真面目なことよりも遊びの方がずっと好きだったので、八〇年代に学生運動の最前線を走っていた人たちから見れば、軟派な遊び人でした。でも、韓国での八〇年代って、例えばミニスカートをはいてチャラチャラ遊び回ってるような人であっても、決して悩まずに生きることの出来ない、そんな時代でした。すぐそばでは友人が民主化運動に参加し、死んでいく。それを否応なく目の当たりにする時代でしたから。

 八〇年代が今でも私に何がしかの影響を与えているかと尋ねられたら、本当に影響を受けたと答えるし、人生をどう生きるべきかという悩みを与えてくれたと答える。それなりに私の人生に影響を与えたのは事実です。ですが、個人的には、最近のいわゆる「三八六世代」みたいに分類されるのは、とっても嫌ですね。

 八〇年代に学生運動をしたことによって、あたかも「だから自分は世界から何かしら報われて当然だ。自分は苦労をしたのだから。今度は世界が私に何かを返してくれて然るべきだ」と考える人があまりにも多過ぎるように感じます。だから私はいっそのこと、「私は学生運動などしませんでした」と言いたくなる時のほうがずっと多いし、ホント、ついてないなぁと思うんです。八〇年代をどう思うかという質問をしょっちゅう受けるんですが、「それが一体なに?」とよく思います。

―今のお話は、各個人の美徳に関わることだと思います。学生運動という経験について、自分がよりよく生きるために深く考えるのではなく、ただ利用している人がいることは確かに事実でしょう。そういうこととは別 の次元で、監督自身の経験から八〇年代学生運動を通じて思うことはありますか。監督の過ごしたある時期について。

 今のピョン・ヨンジュに一番影響を及ぼしているのはいつかと聞いているのなら、まさにそれは今ですよ。今の韓国社会。今私のすぐ後ろで繰広げられていることそのもの。私にとって大事なのは、今。今が私を決定付ける全てです。

 確かに八〇年代は私に影響をもたらしました。でも、今でもそうだというわけではありません。私自身が経験してきた過去は、私を成長させ、またそれは私の分身でもあるけれど、そんなことをいつまでも考えているわけではない。八〇年代に私が考えたことが今でも変わらないか?それは違う。

 八〇年代の影響が自分にあるというのは、例えばこういうところです。約束があって急いでいるのに、デモ行進に阻まれて車が全然進まない。そんな時、「ったく、デモなんかやって。いい加減にして。」とは絶対言わない。それは全然ダメ。「何のデモだろう。なにを訴えてるのかな」、そう思う。そういう部分でしょうか。

―監督はいつから映像の世界に入ったのですか?

 それは、子どもの頃から。子どもの頃から映画が大好きだったし。大学を卒業する時、これからなにをしようかと悩んだんだけど、なにをやってもダメなような気がしてた。だったらやりたいことをやって失敗してやれって、そんな風に考えて始めたんです。

―専門的にやり出したのは、大学卒業後ですよね?

 そうです。大学卒業後は大学院に進んで、そこで映画を学んで、始めました。

―映画の世界に二〇代で入って、初めて発表した作品は『アジアで女として生きるということ』でした。韓国社会の女性として、二〇代、そして今三〇代を生きているわけですが、どんなことを感じていらっしゃいますか。

 私にとって一番高い関心事は、女性問題ではなく、女性の視線で世界を捉えるという、アイデンティティの問題。なぜなら、それが私がものを考える上で一番身近な方法だから。自分の視線でものを見ればいいわけですからね。

 私には世の中がこう映っているんだけど、この人たちにはどう映っているのかなっていう、友だちをつくっていく過程のようなものなんです、ドキュメンタリーを撮る作業って。自分の立場をより明確にしてくれるけれど、だからって私は特別 女性問題に意識的な関心を持っているわけではないと思いますね。

―監督は今の韓国社会についてはどう眺めていらっしゃるんですか?

 今の韓国社会?しょうもないなって思ってますよ。

―どのような点で?

 こんなこと言ってどう思われるか分からないけど、「韓国の成長」なんてのもつまらないし、なんでこんなに幼稚な人間が多いのとか、なんでこんなにしょうもない人たちばっかりなのとか、そんなことを思う中で、日本を見て、ああ、あそこの人たちも同じくしょうもないなって、思いますね。

 アジアで一番イケてない国はどこか?日本。二番が韓国。なぜかと言うと、自分が属しているポジションとは異質なものに対して、警戒して、恐れて、それを人々はある種の自己陶酔で無視しているという点において、同じだから。日本がまさにそうでしょ?韓国もそうなんです。だから多分、韓国人は本当は日本をとっても好きだと思うんですよね。同類だから。でもどうして韓国人が日本に対して腹を立てるのかと言えば、自分たちも日本人同様「優秀」で、殆ど西洋人に近いのに、日本人が自分たちを無視するのが腹立たしいから。本当のところは、そっくり。

 基本的には、ある種の保守性と言えますね。アメリカもどうしようもないでしょ。ブッシュが大統領に選ばれた瞬間、アメリカも終わったと思いましたよ。韓国も同じです。

 李会昌みたいな人間が政治家として活動するなんて、言語道断です。でも活動してるでしょ?次の大統領選挙でも多分勝つでしょうよ。全く解せない。朝鮮日報の報道も、わけ分からん。金正日が韓国に来たら拘束しろなんて言うやつら、どうかしてる。でもそれを当然だと受け止める人がいるんですよ、この国には。こんなにまで東南アジアからの労働者たちにひどい待遇をする国、他にありますか?日本と全く同じ。

 それにしても、時々日本人で「韓国だってそうなんだから、日本のことをウダウダ言うな」っていう人いるでしょ?輪をかけてさらにバカだと思いますね。「韓国もそうなら、皆でそういうことはやめましょう」と言うべきところでしょうに。何のための批判なんでしょうね。みんなで一緒に良くしていくために、批判が必要なのに。良くなるために、悪しきことを批判するから、意味があるんでしょうが。愚の骨頂。

 韓国の保守性をより強化させる人たちが、今政治の世界に踏み込んで行っている「三八六世代」だと私は思ってますよ。イム・ジョンソク?彼は大丈夫。ジョンソギはね。それは、彼が賢明だからという意味ではなく、私が思うに、彼は自分のしたことがどんな結果 を招くか、よく分かった上で行動している。彼は自分が決してしてはならないことを、よく分かっている。それはとても重要なこと。現在の韓国社会での美徳ですよ。そう、でも悲惨な、美徳。

 美徳とは、本来は、全ての人にとってより正しいこと、より良い行いの行動基準を指して言うのだけれど、私たちは人間としてやってはいけないことを知っているということに対して、美徳と言わなきゃならない。悲惨な話。

―監督は表現者として、何をその原動力にしていらっしゃいますか。ある表現者は、自分の中の欠乏感が表現する上での原動力だと言っていましたが。

 嫌気。

―「嫌気がさす」の、嫌気?

 そう、嫌気がさすの、嫌気。時々、ひどい時は自分自身にも嫌気がさして、うんざりする。心の底から嫌気がさすんですよ。

 例えば、ある所に行って酒を飲んでいるとする。その宴が本当に気に入らない。なんか言ってやりたくなる。そこでの正しい行動は、大人しくしていること。なのに私はメチャメチャにしてしまう。ギャーギャーわめき立てて、さっさと出て行っちゃう。家に帰って落ち込むんです。「なんであんな事しちゃったんだろう。どうしてあたしはこうなの。どうしてこんな生き方なの」。そして同時に可笑しくもなってくるんです。「どうして皆、私をこんな風にするの」って。(笑)  私はかなり不安定な人間です。私も権力を持ちたいし、金だって稼ぎたい。友だちがBMWに乗っていて、いつだか乗せてもらったんだけど、「なんていい車なの、あたしも買いたい」って思うんです。ほんとに。

 こういう言葉があるでしょう?自分に厳しく、他人に寛容。私はその言葉を信じない。私は他人に対してずっとずっと厳しい。そう、そして私は自分のことも信じてない。自分を立派な人間だと思っていません。自分自身がもっと悪くならないように、たくさんの装置を仕掛けておかなきゃならないんです。自分自身を導いていくために。ピョン・ヨンジュがもっと悪くならないように。私が毒舌をふるうのは、その相手がなってないからというのもあるけど、何よりも自分がその相手のようになりたくないからなんです。だから私は殊更に毒舌を吐いてる。それが私の生きる上でのやり方。

―監督が撮影なさった『ナヌムの家』のお話を伺いたいのですが。元日本軍慰安婦のハルモニ(おばあさん)たちをテーマに選ばれた理由は?

 覚えてないな。思い出せない。

―初めてハルモニたちを撮影しようとしたところ、拒否されたと何かでお話になってましたが。

 でも私は覚えていません、もう。

―私は『ナヌムの家』を観て、最後まで監督と被写 体のハルモニとの間の緊張感が続いていたと感じました。ファインダーをのぞく監督の視点は、決してハルモニたちと同化することがなかった。監督がインタビューに応えている記事をいくつか拝見しましたが、そこで監督は社会問題としての慰安婦ということを一度も口になさいませんでした。ピョン・ヨンジュという人間としての立場、自分が映画監督としてできること、ドキュメンタリーを撮る者としてやれること、そういう一線を飛び越したような話を一度もしていないと感じました。

 ええ、そうです。

 例えば、こんな風でした。私は毎日ハルモニたちとケンカをしました。どうしてそんな風に生きるのって。ハルモニたちも手強い。でも私は自分のやり方を通 したかったし、ハルモニたちを英雄に仕立て上げたくもなかったし、あまりに弱く純真な被害者としてもつくりたくなかった。彼女たちを、あれほど酷い目に遭ってなお生きている、傷という傷を全て負い、到底想像すらできないほど酷い経験をしてもなお、この韓国社会で生きしのいでいる、そんな一人の人間として撮りたかった。

 私はハルモニたちの白いチョゴリと黒いスカートを脱がせたかった。『朝鮮の花のような乙女たち』、こういう形容を捨てさせたかった。

 この表現が適切だとは思えないけど、彼女たちは言うんです。自分がしていたのは売春だと。日本兵相手の。想像を絶する凄惨な日々を送って、それでも韓国に戻ってきたんです。それを迎えた韓国人は?何が言える?何をした?

 人生を完膚なきまでに滅茶苦茶に滅ぼされてしまったハルモニたち。それでもなお生きているハルモニたち。それを撮りたかったんです。生存者としてのハルモニを撮ること。それが私に出来る全てだと思いました。

―私は監督に会うに際して、映画を観た一人の観客としての感想を述べる心積もりをして来ました。私の映画を観ての感想は、とてもしんどい映画、しんどいドキュメンタリーだということです。

 全くその通りじゃないんですか。

―歌をうたい、冗談を言い合い、時に横にいるハルモニを小突くといった、彼女たちのトータルな生活が画面 の中にあるわけじゃないですか。そんなハルモニたちがとつとつと自分の証言を口にする。映画の中で、ハルモニたちはきれいにお化粧をし、おしゃれもする。表情も明るくなる。生活の全てがここにあると感じました。ですが、カン・ドッキョンハルモニもそうですが、撮影が進む中で亡くなってしまう。どうすることもできない、時間の流れの中でそうなってしまうわけです。監督はそれが一番堪えたとなにかのインタビューで答えてらっしゃいましたが、その居たたまれない気持ちが、ファインダーを通して私にも伝わってくるんです。

 私に今を生きる男性として何ができるのか、そういうことも考えます。私たちの会員の中にも、酒の席に女性がつくような店に行く人がいます。そこで話になります、なんでそういうことが平気なのかと。でも、男は元来そういうもんだとか、だから商売が成り立つんじゃないかとか、そういう風に答える人間もいるわけです。そういうことを言う人がダメだと言うよりも、そういうことを普通 のことと考える世の中と、私自身どう向き合って行くべきかを考えます。

 三作目の『息づかい』まで観終わっても、気持ちの整理がつきません。自分の中でずっと整理がつかない。多分女性たちはまた視線が異なるのでしょうが、男である私は映画を観終わって、とてもしんどかったです。ただ単なる「日本軍慰安婦問題」という社会問題としてではなく、生活の様子が分かる中で、ハルモニたちのトータルな生活が圧倒的に迫ってくる中で、「ああ。こういう社会問題があることは知っている」という風に逃げられないわけです。

 監督はハルモニたちにとって、ドキュメンタリーが「疎通」の道具になればいいと、かつてどこかで仰ってました。私は映画を観終わってからずっと、逆に私たち、今を生きる男たち、そして日本の男たちが、戦争を経験した日本の年配の男たちが、映画に対して言葉を発し、疎通 をし続けるしかないと、そう感じました。

 映画自体は、既に監督の手を離れた独立したテキストとなっているわけで、それをコリアンの男性たちが「我が民族の乙女たちになんてことを!このウェノム(倭奴)め!」という風に観ることも可能なわけです。ですがそのように観てはならないし、引き続き言葉を発していかなければならないと思うんです。

 さて、韓国でも地方上映会をたくさん行いましたよね?日本でもたくさん上映されました。監督も数度日本に来られました。そこで多くの観客の反応を眼にされたと思うのですが、そこであった反応、日韓の違い、男女の違い、受け止め方、そして監督の期待に反する感想、そんなものはありましたか?

 期待に反した、なんてことはないです。なぜなら、期待などしていなかったから。観客が自分なりに解釈するだろうと思っていたし、それは私のコントロールできることだと思っていない。ですが、一つだけ嬉しいのは、全ての観客に対して、なにがしか、ある種のカタルシスを提供していないということを確認できたこと。それが一番嬉しかった。

 「そうだったのか」で終わらせないこと。モヤモヤしたものを残すこと。それが私の映画です。映画を観終わって、絶対に晴れ晴れとさせないこと。一度ハルモニたちの水曜デモの日に日本大使館の前に立ったからといって、君のすべきことを全てやったことにはならないということ。何かモヤモヤし、どこか整理できない感情を残すこと。なぜなら、日本軍慰安婦問題ほど影響が大きく、みんな一緒に「反対する!」と言えば終わってしまう問題はないから。

 確かに日本はまだ謝罪をしない。まだ補償しない。悔しいです。でも、ハルモニが一人亡くなるごとに心を痛めれば、それで終わり。なんてすっきりしたゲーム。そういうのが、嫌です。日本が補償したとしても、未だにモヤモヤしたものを感じさせることさえできればいい。その状態をね。

 実際、観客が多いはずのない作品です。観客を多く動員しようと思うなら、痛快さを与えなければなりません。「おお!」とうめくような。でも私の映画はそういうものではありません。そういうのが嫌。いつまでもモヤモヤを抱えさせる。これからの私の映画も、多分全部そうでしょう。

―観客と直接話されたこともあると思うのですが、その中で印象に残っている感想などはありましたか?

 冷たいことを言うようですが、覚えていません。本当に。

 正直にお話すると、映画監督とは、その映画を撮っている間だけ観客と友だちになるんです。例えば、私の映画を観て、とても良かったと言ってくれる若い人が一〇人いたとする。日本の右翼五百人が映画を観たとする。そしたら、五百人のほうに拍手する。それが監督なんです。「なんてことを言うんだ」って?だって私は監督業で食べてる人間だもの。運動家じゃない。なんで運動家が映画をつくるの?運動家なら運動すればいい。

―監督は七年間ハルモニたちを見つめ続けて、ハルモニはいわば同僚ですよね?そんな同僚たちから監督自ら新たに発見させられたり、気付いたことは?

 私が本当にしっかりした人間だということですね。何のことかと言うと、一作目をつくるために私は二年間ハルモニと一緒に生活したんです。それは口で言うほどたやすいことじゃない。二年間、毎日ハルモニたちに引っ付いて、何もかもを目にするんです。誰であろうと、二年間も他に何もせずに私がハルモニにただ引っ付いていただけだと考える人は、バカよ。私が三部作を撮った目的は、私が初めて撮り始めた時に感じたものを、全て見せようと思ったから。

 自分が特別だ、立派だったと言いたいわけではありません。私が当初命懸けで結んだ縁は、皆が考えるようなロマンティックなものではなかったということです。私にとっては命懸けでした。ハルモニたちの前で苦しんだ。そういう関係を取り結んだんです。

 二年間の中で、撮影しろと言うハルモニ、するなと言うハルモニ、一方で他の人たちは「ハルモニたちはとてもつらく、苦しんでるんだから」と言う。でも、ハルモニにこう言いたかった。「ハルモニ、人々にとって苦しく、痛みを与える姿、素敵です」と。

 自分が立派だったと言う気など、さらさらありません。皆が思う以上にしんどい関係を取り結ぶ中で、私は映画を撮り続けたということ、それだけです。  そうこうして三部作を撮り終えた時、私はハルモニに「さようなら。これで全て終わりました。」と告げて、去りました。その後一度たりとも訊ねて行ったことがないし、その後の一年半、一度もハルモニのことを考えませんでした。

 ・・・時々とっても会いたくなる。行こうと思う。でも、その瞬間彼女たちに会いに行ったら、私は一生ハルモニたちに責任を負わなければならない。私にはそんな自信がない。名節の時期になると人に会いに行く習慣が韓国にはあるんだけど、周りの人が絶対ハルモニたちのところへ行くなと言う。私はその言葉の意味を知っている。だから、行かない。そう。ドキュメンタリーを撮る作業とは、汚い作業です。汚い。この世で一番大事な人をつくっておいて、それを忘れるだなんて。

 「あなたの映画を観て、私は変わりました」などと言う人がいますが、そんな人は映画の内容を観なくても変わっていたはず。世の中そんなに簡単に変わらない。映画がいいからって日本政府が変わりますか?まさか。ご冗談を。

 そもそも変われる素地のあった人たちが、映画の内容を目の当たりにして立ち止まる。それだけ。そんなこと、ちゃんと分かってる。「ねぇ、アンタと同じことを考えてる人が映画を撮ったわよ」ってのがホントのところでしょ。悲惨な話だけど。

 仮に、明修さんと全く違う考え方をする人がいたとして、その人がこの映画を観て感銘を覚えると思う?いいえ、嫌がるだけ。あなたの大好きなガールフレンドがいたとして、自分とは全然思想が違う。だけど、きっとピョン監督の映画を観れば彼女も変わるはず。そんなことを思うのは、ただのバカ。そんなわけないじゃない。変わらない。もっと嫌いになるだけ。

 映画にそんな力はありません。観た人が変わるとしたら、その唯一の可能性は、その人がもっとダメになる手助けをするという点だけ。悲惨な話。

  (後略)

二〇〇一年十二月 ソウル



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