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K-magazine 第6号
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<映画評>
『友へ チング』 −貫かれる原理−

movie

 観る者に、選択の余地はない。

 画面に映るあらゆる光景を、情報として捉え分析を試みる作業を、この映画は許さない。レンズの絞りは常に開放。被写 界深度は極端に浅い。そもそも背景など無い。例えば、スクリーン上に二人の男がいるとしよう。一方が話すとき、フォーカスはそちらにだけ当たる。もう一方の男の顔はぼやけ、その瞬間は誰だか判別 すらできないくらいだ。やりとりの最中の相手の表情はどうなのか、うかがい知れないのである。

 作り手による、徹底した映像の焦点化。これは、この映画のキーポイントといえよう。否応なく浮き彫りになるのは、ストーリーと俳優の演技である。

 脚本は、監督でもあるクァク・キョンテク。執筆に約二年を費やした、半自叙伝である。物語は単純だ。舞台は釜山。幼なじみの四人は、いつもつるんで遊んでいた。ヤクザの息子ジュンソク、葬儀屋の息子ドンス、父親が日本と商売をしているジュンホ、それに真面 目でおとなしいサンテクは監督自身である。

 やがてジュンソクとドンスはヤクザに。ジュンホとサンテクは大学に進み、一般 的な常識人になる。別々の組でのし上がったジュンソクとドンスは、いつしか敵対しあう様になり、ある日ドンスは数人に襲われ殺される。ジュンソクはそれを指示したことを認め、服役する。

 なぜ親旧同士殺し合うことになってしまったのか。

 幼い頃からジュンソクはケンカが一番強かった。小学生の時、ドンスは親の仕事を中学生に卑しめられる。お前の唇が赤いのは、アボジ親父が死人の肝臓を食ってるからだ、と。ジュンソクはぶっ飛ばす。その時から、ドンスにとってジュンソクは尊敬し憧れる存在であった。この憧憬の念が、後にいびつな対抗心へと変わる。

 さて、主役のジュンソクを演じた劉五性(ユ・オソン)、素晴らしい。部下を殺したドンスに会いに行くシーン。状況はこじれたが、俺は今まで一度もお前を恨んだことはない。頼みがある。ハワイに行け。準備は俺がする。しばらくすれば、ほとぼりも冷めるだろう、と。真っ直ぐ相手を射抜くような目は、まばたき一つしない。お前が行け、とドンス。一瞬、顔をしかめる。ドンスから目をそらす、そして笑う。そうだな、俺が行こう。この笑顔が、悲しく痛い。

 やばい。私は暴力は嫌いだ。ましてやヤクザなんて。ジュンソクに惚れては、まずい。なのに惹かれてしまう。その表情に魅せられる。

 この映画は、一貫して一方的である。人物も、ジュンソクとドンス以外、詳細は語られない。見せたいものだけ見せて、伝えたいことだけ伝える。練りに練られたストーリーは、想像を膨らませる種すらまかない。そんな中で、監督は、最後に一つだけ観客に選択を許す。ドンスの殺害は、本当にジュンソクが指示したのか。答えは、個々が出せばいい。

(琴志夏)


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