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K-magazine 第8号
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Kカルチャー 映画評

「春の日は過ぎ行く」

movie

 わりと年配の人々に好評だと聞き、映画館へ足を運んでみてなるほどと思う。この映画は誰にでもあったであろう「春の日」の訪れと過ぎ去っていく様を、物語を通して追体験させる。そしてその過ぎて行く過程が、風に揺れる竹林や新雪の始り、川のせせらぎや波の音などによって奏でられる自然の美しい音色と共に「今」として綴られて行く。その描き方がとても美しく、苦かった記憶でさえも美しい思い出として置き換えられてしまうかのようだ。 

 「八月のクリスマス」で知られるホ・ジノ監督は、今回「音」にこだわる。コーヒーをかき混ぜるスプーンが出す音にさえ、主人公らの心象描写を込めたという。

 録音技師である青年サンウ(ユ・ジテ)は、ラジオ番組で流す自然音を収録する仕事を通じて年上の女性ウンス(イ・ヨンエ)と出会う。仕事としての二人の関係が、雪の舞い降る音色を拾い集める作業の中で、静かに変化する。「一緒にいられて嬉しい」と甘くじゃれつくウンスに、至福の笑みで答えるサンウ。その幸福な時間は永遠であるかのように感じられたが、新しい男の出現に残酷にもウンスの心が揺れ始める。一人で自由気ままに生活する彼女の軽い恋愛観、深入りしようとしないキャラクターは、離婚を経験したことによるのかまでは描写されていない。彼女の行動に振り回されながらも「会いたかった?」と聞かれれば頷かずにはいられない純真なサンウ。そんな姿に、観客はかつての自分の中の純真さ、記憶を重ねあわせ得るに違いない。

 ここでサンウの家族、特に痴呆のハルモニの存在が「春の日」の印象を強くさせる。愛人と家を出た夫を頑なに待ち続けるハルモニ。痴呆になった今では、ハルモニの時間は幸せだった春の日のまま止まり、その中に存在し続けようとする。そんな彼女を家族たちが暖かく包み、サンウも彼女に癒される。

 「なぜ愛は変わるんだ?」

 はっきりとウンスから別れを切り出され、笑っているのか泣いているかもわからない表情で自己に問いかけるようにつぶやくサンウの言葉が痛い。この普遍的な問いに、はっきりした答えがないことを観客たちはすでに知っている。

 諦めきれないサンウは、新しい男とウンスの滞在地まで後を追っていき、しまいには彼女の車に思い切り傷を付ける。その不快な音は、今までの美しい自然音とは全く違い、彼の胸の内を表しているかのように強く響き渡る。その音に思わず耳を塞いでいる観客がいたが、恋愛の辛さとは音にしたらそんなものなのかもしれない。

 やがて春が来て、時の流れの中で二人は再会する。親しげに接してくる彼女に、サンウはきっぱりと距離を示す。その潔さが二人の間に確実な時間の経過があったことを彼女に気づかせる。本当の別れ。別々の方向に向かって歩いて行く二人だが、歩いて行くサンウを振りかえって見つめるウンスには、カメラはフォーカスしない。そのぼやけた光景の中に佇む彼女に、春の日はもう過ぎ去ったことを窺い知る。

 ラスト、一人すすき野原で風の音を採取するサンウ。変わらず美しい自然の音色に包まれて、ふとサンウの顔から笑みがこぼれる。春の日が過ぎ去り、記憶が思い出という形に変わった時、人はそんな笑みを浮かべることができるのかもしれない。そんなことを、観客一人一人の回想と共に静かに確認させてくれる。

(市川富美子)


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