Kカルチャー 映画評
「夜を賭けて」 梁石日原作 金守珍監督
なるほど。まさに演劇人たちが創りあげた映画であった。エンターテイメントとして十分に成立していながらも、観客には媚びない。総制作費が五億円だろうが、万人受けしようなんてハナから思っていない。「分からないヤツは分からなくていい」。潔い。
原作は梁石日の同名の小説。舞台は一九五八年、戦後の焼け跡が残る大阪。アジア最大の兵器工場であった大阪造兵廠廃墟の対岸には在日コリアン集落がひろがる。金義夫(山本太郎)ら住人にとっては廃墟に埋まる鉄屑が飯の種だ。警察の目をかいくぐるため、夜にまぎれ、船で渡り盗みだす。後に「アパッチ」と称される鉄屑窃盗団である。船に乗り込み、廃墟へと向かう男衆の表情は一様に戦いの顔である。一方、酒場を営む女たちは懐のあたたかくなった男たちが飲みに来ることを期待し「稼ぎまっせ」と紅をひく。
しかし次第にアパッチと警察の攻防が激しくなり、その包囲網は日増しに狭くなる。警察の最後の手入れの日、集落は放火にあい、人びとは逃げ惑う。朝鮮人に厳しい警察だらけのなか、刑事若林(奥田瑛二)がポソリと義夫に語る。「いつか仲良うなれる日がくる」と。なんとも白々しい。
新宿梁山泊の金守珍による初監督作品。劇団の座長らしく、その特色が遺憾なく発揮され、まるで舞台のようでもあった。セリフの掛け合いから、間、役者たちの動き。例えば、たとえ自分にフォーカスされてなくとも、覗き込む演技をするときは必ず鼻の下は伸びているし、母親に耳を引っ張られたやんちゃ坊主がおかまいなしに画面を横切る。カメラワークも演者の微細な表情を捉える役目はほとんどしない。画面いっぱい縦横無尽に駆けまわる野猿のような姿を引いて伝える。長回しでの撮影も特徴的だ。
主演・山本太郎がまたいい。野性味あふれ、正義感ある青年・義夫を愛すべきキャラに仕立てた。悪役・高山健一役の山田純大の目の演技も素晴らしい。だからこそ逆にサングラスがいきる。この高山の出現を境に、物語はユーモラスな雰囲気から緊張感みなぎるものへとなる。仲間内の喧嘩の域を出なかった殴り合いも、暴力として描かれる。しかしなんといっても鉄屑屋役の唐十郎の存在感は圧倒的であった。画面が締まり、まさにこれぞ役者というものを、たった一シーンの登場で魅せてくれる。そんな演劇人のなか、義夫の相手役のユー・ヒョンギョンだけが浮いてしまったのが残念だ。食べるために「よう数えきれん男と寝た」という過去をもちながらも苦悩する一途な女性「初子」という確かに難しい役どころだが、やはりその稚拙さは拭えない。素直にできない義夫への恋心や、喧嘩の演技も、どうしても気の強いお嬢様としか映らない。
本作特有の体育会系の大げささ、ダメな人にはダメかもしれない。またこの全体を包むコミカルさ、原作のファンも受け入れにくいであろう。わたしも最初は戸惑った。というよりついていけなかった。しかし知らず知らず、この知らない世界にひきこまれ、朴保のうたう挿入歌「陽はまた昇るのさ〜」なんていうクサイ歌詞まですんなりと入ってくる。それもこれも演劇人たちの掛け値なしのパワーに圧倒されたからであろう。
(姜華林)
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