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K-magazine 第10号
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「対話篇」 著者:金城一紀

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 圧倒的な非日常が描かれている。「恋愛小説」「永遠の円環」「花」の三つの短編が収められており、いずれも特異な状況下にある人間の物語で、なんとも不思議な情景が、静かに作品全体へと広がる。

 登場人物は皆、孤独感や死への怯えを抱え、そして自分を知って欲しいという欲求を潜在的に抱える。自分の親しくする人間が次々と死んでいく中で、誰とも親しくすることが出来なくなった同級生の孤独に触れる「恋愛小説」。頭に動脈瘤という爆弾を抱え込み、死の恐怖に苛まれる男が、別れた妻の記憶を取り戻そうとする老弁護士との旅の中で、生きる力を得ていく「花」。少々趣は異なるが、癌で死の淵にある男が、かつて愛した女性を自殺に追いやった大学教授の殺人を知り合いに依頼し、奇妙な問答をしていく過程で、実はこの世に生きることへの執着を持っている自身に気づいていく「永遠の円環」。これらの作品は、自身が持つ「記憶」を他者に語ることで、また他者と共有することで、孤独の淵から這い上がり、その怯えから自身を解放するという点において一貫している。そしてその「記憶」は「死」と不可分なものとして描かれるが、その実、「死」の対極にある「生」への希望・執着へと転化し、「生きる力」を得ていく。「死ぬもんか。あしたもあさっても生き延びる」(「永遠の円環」)という言葉は印象深い。

 そしてそれぞれの短編での登場人物は対話することへの欲求をもつ。傷ついた過去があるからこそ、そうした自分としっかりと対峙しなければ過去から解放されることはないのだ。自己との対話に疲れた登場人物は、必然的に他者を対話の対象として欲し、求める。作品中の「君には話しておきたいと思ったんだ」「今日はなにもかも話してしまいたい気分なんだ」(「恋愛小説」)には作品全体に流れるテーマが内包される。しかし一方で対話が万能ではないことにも気付いている。「言葉にする必要はなかった。大切な事柄はひどく脆い氷の像のようなもので、言葉はノミみたいなものだ。よく見せようとノミを打っているうちに、氷の像は段々と痩せ細り、いつの間にか砕けてしまう。本当に大切な事柄は、言葉にしてはいけないのだ。・・・」とも語っているのだ。しかし彼らは語らずにはいられない。対話が人と連なる必要条件であり、その過程で自身と世界が結び付いていくことができるということを知っているから。

 最期にどうしても触れておきたい点がある。これらの短編の中で、「GO」と比しても、在日コリアンについての記述はほぼ皆無であるが、話が展開する際の取っ掛かりや、きっかけを掴むツールとして申し訳程度に登場する。正直なぜここに出てくる必要があるのか、という違和感や、無理やりすぎるのでは?という感を抱かざるをえない。このような演出は著者の意図したものではないと思うが、何かしこりが残るのである。深読みしすぎかもしれないが、「対話」と共に作品のテーマとなっている「記憶」と「忘却」の関係は自分が何者であるかという「記憶」、自己のアイデンティティに苦悩する著者自身の在日へのスタンスと実は連なっているのではないだろうか。作品の中で、ある人物が「スードラがスードラでなくなる方法がある・・・インドから出て行くか、インド自体を変えちまうんだ」と言う。著者が強調したいのは後者だろう。マイノリティが自分の住む世界や社会を変えていくことの可能性と生きる力がもう一つのテーマになっているのかもしれない。多少無理があるが、このように捉えるのも一風変わった読み方として面白いだろう。

(姜晃範)


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