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K-magazine 第11号
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Kカルチャー 映画評

「おばあちゃんの家」 −チブロ…−

movie

 まったく、呆れたクソガキである。

 都会っ子サンウは、母の仕事が見つかるまでと、一夏を僻邑に住むおばあちゃんに預けられる。初対面からサンウは、言葉の話せないおばあちゃんを見下し、汚いから触るなと罵詈雑言を浴びせる。母が帰ってしまうと、おばあちゃんのことは全く無視して、朝から晩までゲームをしている。おばあちゃんの作る料理には手を付けず、持ってきた缶詰とコーラばかりを飲む。おばあちゃんの家の壁には、"バーカ"と書かれた、腰の曲がったおばあちゃんを嘲笑する落書き。

 わがまま放題のサンウは、脚本も手がけたイ李ジョンヒャン廷香監督自身の投影である。デビュー作『美術館の隣の動物園』(一九九八年)に次ぐ長篇二作目となるこの作品は、自分が母方の祖母から受けた、無条件の愛情へのオマージュだ。二〇〇二年韓国・大鐘賞最優秀作品賞、最優秀脚本賞、最優秀企画賞受賞、観客動員数四〇〇万人を記録したこの映画の脚本は五、六年前に書き上がっている。しかし、商業的成功が難しいと映画化できず、完成は祖母の死に間に合わなかった。

 おばあちゃん役を演じたキム・ウルブンさんは見事だ。この人、ロケ地の忠清北道・永同の村民である。セリフはない、表情も余り変わらない。にもかかわらず、体全体から発せられるメッセージは強烈に伝わってくる。おばあちゃんだけでなく、サンウを演じるユ・スンホ以外の出演者は村の人々である。

 もう一つ、映画に彩りを与えているのは、あまりに美しいこの村の田園風景だ。刈り入れ前の緑の田んぼの上を、ふわりふわりと飛び交う虫たちの羽に陽の光がやさしく映る様は、観ているだけで恍惚とする。

 さて、ここで描かれるエピソードの一つ一つは、憎らしくもあるがユーモアにも溢れている。缶詰が底をつき、食べなくなったサンウを心配して、何を食べたいかおばあちゃんが聞く。ケンタッキーフライドチキンと叫びながら、身振りで鶏のマネをする。おばあちゃんも身振りで応え、大きく頷く。期待に胸膨らませるも、鶏の丸茹でが出てくる。これじゃない、と泣きながらサンウはふて寝するが、結局空腹に耐えきれず、夜中にむさぼり喰う。

 おばあちゃんは、サンウが機嫌を悪くする度に胸をなで下ろす仕草をする。意味の判らないサンウは、余計いらだちを露わにする。サンウは、いつからか自分と同い年くらいの村の女の子に好意を抱く。しかし彼女には"お兄ちゃん"と慕う男の子がいて、サンウは面白くない。ある日サンウは、ヤキモチから彼に悪ふざけをする。「暴れ牛が来たぞ!」とウソをつく。慌てて逃げる様を見て、笑う。しかし、その後彼と対峙したサンウは言葉を失い、とっさにおばあちゃんと同じ仕草をして去る。

 その彼に、サンウは助けられる。暴れ牛が来たぞ、と教えてくれたばかりか追っ払ってくれたのである。サンウは先のイタズラを謝る。彼の返事は、同じ事を二度謝らなくていいよ、であった。おばあちゃんの様子をちょくちょく見に来る彼は、あの仕草の意味を知っていたのだ。

 牛に追われた傷の痛みと、陽が暮れゆく心細さでいっぱいのサンウは、迎えに来てくれたおばあちゃんを見て、無邪気に泣く。サンウを柔らかく労うおばあちゃんの手には、迎えに来るという母からの手紙。

 おばあちゃんとの別れの日、素直に感謝の言葉など口に出来ない。でも走り出したバスの後部座席でサンウは、手を振る代わりに何度も何度もあの仕草を続ける。「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」。

 クソガキ、泣かせるじゃねぇか。

 そうだ、自分の子供の頃を思い出した。私も相当わがままだった。残酷で勝手放題だった。元来子供なんて、そんな生き物なんだろう。

(琴志夏)


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