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K-magazine 第12号
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Kカルチャー 映画評

『偶然にも最悪な少年』

movie

 この映画のパンフには「ポジティブに生きるための方法論を提示する」とある。ハチャメチャなこの映画を見終えてわたしは、そのコピーに六文字を追加したい。『ネガティブ&』と。

 「ネガティブ&ポジティブ」は当たり前に裏表をなす。写真のように、洋服のように、社会のように、etc…。そして、それらをつくるのは人であるという事実があり、また、反映されたネガ&ポジは人そのものを了解する上での完全な姿である。この映画は、ピュアでどうしようもない、いや、ピュアだからどうしようもないバカ者(=若者)が「ネガティブ&ポジティブに生きるための方法論を提示」している。

 ある時、HMVで万引きしたところを店員に見つかったヒデノリは在日コリアン。つかまってもヘラヘラ顔をしてクニャクニャして、アメーバみたいな少年だ。彼をとりまくのは、ガムをクッチャクッチャかんでは無表情で目の焦点の定まらない摂食障害の少女ユミ、塗装屋とおぼしきタローはナイフを常備、原田は弱そうだがその彼女はオカシくて、豪華でケミカルな部屋でマヨネーズとケチャップをぶちまける。 ♪今日死んじゃうかも あたし死んじゃうかも♪という歌をバックに奇天烈な高笑いに身をのけぞらすようにしながら。

 GICODEの底抜け脱線的なヒップホップチューンをオープニングテーマに、JUDE、HATEHONEYらが、ヒデノリたちのエピソードとタッグを組みながら瞬間的なインパクトを観客にぶつけ、それらのイカレ系BGMが炸裂すれば『最悪な』ストーリーはどこへともわからずに展開する。

 ヒデノリたちのエピソードは四次元の世界にブッ飛んでいる、でも三次元のこの世界では、そよ風にでも吹かれたらバラバラに飛んでしまうようなプチなエピソードだ。ただのハチャメチャな物語ではないこの映画は、サントラとともにある。

 ストーリーは流転する。ヒデノリの姉が自殺し終えた姿がある。それは完全無欠で美しい。ヒデノリは、何ら説明もしないがユミと『死んでいる』姉さんを引き会わす。

 「ねえちゃん、元気してた?」と顔を覗き込むヒデノリ。

 「初めまして」と丁寧に挨拶をするユミ。

 ふたりはカート付きのベッドに乗った『死んでいる』姉さんを、病院の遺体安置室から盗み出す。はじめはコッソリと、しかしドラマチックに。その後タローを呼び出し、彼がたまたま乗ってきた塗装屋の車に、『死んでいる』姉さんとユミとヒデノリは乗り込む。姉さんがいまだ見たことのない「祖国」を見せてあげたい、のだ。

 死人より生気のないユミの思いつきの一言。「運転手さん!博多!!」ヘラヘラ顔のヒデノリは「博多、いいねー。行ったことないし。」

 そうして、東京→博多→下関→韓国へ密航する一艘の貧乏くさい釣り舟のお見送り、へとストーリーは流転する……。

 この世のすべてと折り合いがつかないユミが、唯一『死んでいる』姉さんとだけは親密なコミュニケーションが取れている姿に、世紀末を越えてもなおギリギリである人間が癒される瞬間が見えるようだ。在日コリアンもアタマの病気も、世間知でいうところのマイノリティであることは確かだが、そうした形なき閉塞的な枠組みの中で浮遊する彼らにとっては、『生きている』自分たちも『死んでいる』姉さんも、実は、細く張りつめた一本のボーダーライン上で揺らめく幻なのかも知れない。

 「荒唐無稽でないドラマなどない」と言った人に、わたしが感動したことがあるにしても、このハチャメチャ映画には荒唐無稽しかない。それがまた、最悪=最高、という、天才バカボンと同じにこの世界のパラドックスを明示していると言えるかも知れない。

 (大山信子/東京)


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