<日本−在日−韓国>ユースフォーラム2004 「治癒の過去 平和の未来」
[写真]海に突如朝鮮半島の形をした土地が現れた(濃島にて)
2004年10月8日(金)〜12日(火)にかけて、〈日本―在日―韓国〉ユースフォーラム2004が韓国ソウルで開催されました。出発前、なんと大阪発の航空チケットを人数分確保できないという緊急事態が発生。連休を挟んでの日程だったとはいえ、こんな事はユースフォーラムでは、初めての事です。改めて「韓流」ブームの凄まじさを実感。「参加できない人も出るかも」と危惧していましたが、ギリギリまでキャンセル待ちをしてなんとかチケットをゲットし、参加希望者の全員が無事に韓国に出発することができました。
今年8回目を迎えるユースフォーラムは日本・在日・韓国に若者の開かれた「出会い・交流・対話の場」です。韓国からは約100名参加し、日本側参加者を心から歓迎してくれました。特に、韓国側の若い学生達が中心になって作った「詞と歌の夕べ」という文化祭プログラムは韓国・在日・日本の若者の和合と友情の場として大変な盛り上がりをみせました。また、日韓両社会が双方から学ぶべき題材に関して発題・討論するという「多文化共生ワークショップ」など新しいプログラムが満載で好評を博しました。もちろん、これまでのユースフォーラムに欠かせないフィールドワークも平和/歴史/人権/ジェンダー/環境/北朝鮮人道支援の計六コースが用意され、公開討論では基調提案後に参加者全体が自分の意見を直接述べることのできる班別討論方式を今回は採用しました。対話マダンも充実した内容で、参加者や発表者は大満足の様子でした。
幾つかのプログラムについて、参加者からの熱いルポをお届けします。
ジェンダーコース「ジェンダーコースに参加して」
高純子/生野
今回で3回目の参加になるYFだが、韓国で開かれたYFは私にとっては記念すべきものとなった。今まで一度も訪れた事がなく、自分とも深く関わる国。どこよりも一番先に訪れてみたかった憧れの国が韓国だった。
色んな魅力的なコースがある中でどれにしようか迷ったが、ジェンダーコースを選択した。自分が女性として普段の生活や社会の中で感じている事(女性の見られ方)を同じコースの参加者たちと共有できるのではないかと期待し、どんな事が問題とされているのかを知ることで新たに学びたいと思ったためだ。
最初に訪れたのは、性売買で被害にあった女性のサポートを行うためのセンター、『タシハンケ(もう一度共に)』。どのような人が、どのような相談に来るのかを代表の方から伺う中で初めて知った、性売買の実態。殆ど頭に浮かびもしなかった性売買の厳しい現状と、それによって精神的肉体的に傷を負わされてる人たちが多く存在しているという現実を知りショックを受けると共に、私にとって憧れの国でもあった韓国社会でこういった事が普通のことのように起こり続けてしまっているという事実に、やるせなさを感じた。
性売買や家庭内暴力など、女性として様々な問題にぶつかり、心と体に傷を負ってしまった女性たちの傍で、彼女たちが人として当たり前の権利を持ち生活できるよう共に現状をしっかり見つめ一日も早い解決を目指したいとの思いから、センターは『タシハンケ』と名付けられたそうだ。自分にも同じ女性だからこそできる事があるのではと心強くなった。
『タシハンケ』の次に訪れたのは、『青少年性教育センター』という所である。
ここは小・中・高校生を対象にした性教育センターで、「性」を考え学ぶための様々な工夫が凝らされている。「男女の違い(体や考え方)」「恋愛すること」「性行為とは(避妊の大切さ・命の大切さ)」「赤ちゃんを授かったお母さんの気持ち」。様々なテーマごとに部屋を設け、考えたり知ったりその場にいる皆と色んな意見交流もできる空間になっている。ジェンダーコースメンバーと共に学習し体験をしながら、「自分が学生の頃にこの場に出会えていたら良かっただろうな」と思うほど、「性」というものを自然に考え学ぶ事ができた。同時に、女性と男性の違いを知り、命の大切さも改めて感じることができた。
『青少年性教育センター』を出た頃にはすっかり日は暮れていたが、続けて訪れた場所は私が一生忘れることのない貴重な場となった。直前まで訪問できるかどうか分からない状態だったが、性売買で被害に遭った女性たちが住んでいる家を訪問したのだ。
性売買で被害にあった女性たちを匿い、二度と同じ被害に遭わないよう、同じ環境に連れ戻されたり自ら戻ってしまうことがないよう、彼女たちが自立して生活できるようになるために共同生活をしながら精神面・生活面でサポートをされている先生のお話からまず伺う。この家で共に生活をしている女性たちは、今は性売買をする環境にはないが、まだ多くの危険が残っているという現状についてや、女性としての見られ方や扱われ方の異常さを、実際のお話をもとに私たちに伝えてくれた。
自己紹介と共に、女性たちが「当時どんな状況にあったのか?」「今の現状」「先生の存在の大きさ」について語ってくれる。私はまともに女性たちの話を聞くことができないくらい、胸が痛く複雑な気持ちでいっぱいになった。「同じ女性として本当にこういう出来事が起こっても良いのか?」「同じ人間として、どうして人として当然の権利を持って生きられないのか?」という腹立たしさと、こういう事が成り立ってしまっている韓国社会の現実を知り、憧れどころか不信感さえも抱いた。
性売買で被害にあった女性たちは、身を潜めるようにして悪徳業者から命からがら逃げ、やっと安心できる居場所を見つけて必死に生活をしている。この場所に私たちが訪問できたこと自体、先生や被害女性たちはよほどの決心をしてくれたのだと思う。訪問を歓迎してくれた彼女たちの笑顔を見て、二度とこんな事が起こってはならないと心から思った。
10人ほどの女性が先生と共に生活しているが、当初は何の収入もなく困窮していたそうだ。「現在でも決して十分な収入ではないけれど、何よりも彼女たちが心から笑って生活している姿を見ることが生きがい。そして、この子たちが何かに怯えたり逃げることもなく、社会へ出て自立できる日が一日でも早く来ることを願っている。その日まで、私はこの子たちを身を挺して守っていく」。先生の言葉に、女性たちは涙を見せた。
女性たちは自宅の仕事場で協力してビーズの携帯ストラップやアクセサリー、キーホルダーを手作りで作っている。彼女たちの収入源だ。仕事場に案内し、どんな作業を行っているのかも見学させてくれた。見事な品だった。「唯一、この作業をしている時が一番集中できるし、当時の嫌なことも全て忘れることができるから、貴重な時間」だと彼女たちは言う。
最後に、私たちを送りがてら先生が自宅付近を案内してくれた。何よりも驚き、ショックを受けたのが、韓国の風俗店の多さ。道路沿いに「カラオケ」「スポーツクラブ」「マッサージ」と書かれたごく普通の看板があるお店は、全て風俗店だという。「男性二人きりでカラオケに行って、歌って終わることはここではあり得ない」と先生は言う。一時間ほどカラオケを楽しんだら、お酒と共に女性が部屋へと入ってくるのだという。カラオケ店の上には別室があり、お金さえ支払えばその部屋で女性との時間を自由に過ごせる・・・。だいたいカラオケ店は三階建てで、建物一帯が風俗店なのだそうだ。路地裏へと進むと、驚いたことに、百貨店のショーウィンドウのマネキンのようにドレスのような衣装に身をまとった女性たちが、通る人に向かって微笑みかけている。風俗店だという事が一目で分かる。先生との別れの挨拶をしている最中、すぐ隣に5〜6人の20代前半と見られる男性たちがいた。「あの男性たちは、エンパイヤ(韓国で最も有名な風俗店)に行こうと皆で話し合っている」と先生が教えてくれた。「それくらい、風俗店に行くことは韓国の男性にとって簡単なことなのだ」と。
憧れを抱きながら初めて訪れた韓国で、私は韓国という国の裏側をも垣間見ることができた。環境や国が違っただけで、同じ女性でもこんなにも立場が変わってしまうということや、女性が年齢や性別のみで判断され特別視されることが、韓国ではこんなにも日常にありふれているということを知り、言葉にできない複雑な気持ちと同時に、たくさんの矛盾を感じた。二度とないほどの貴重な出会いだった。
引き起こされる問題と被害者たち。それらが時と共に風化していく中で「被害に遭った人は仕方がない」と、簡単に目を背けてしまう人たちが世界の中に当たり前のように存在するという事に再度思いを馳せた。私も例外ではないと肝に銘じる。
心と体に傷を負っている人たちが、一日でも早く人として当たり前の権利を持って生きていくことができるよう、どれだけ時間がかかっても自分の学んだこと、知ったこと、感じたことを自分の言葉で伝え続けていこう。ひとりでも多くの人たちと共に向き合い、考える事ができるまで。そのことの大切さを、改めて強く感じた。
北朝鮮人道支援コース「周縁からのアプローチから見えたもの」
姜晃啓/東大阪
このフィールドワークは、北朝鮮の人権状況を多様な視角から調べ、東北アジアの平和のための韓国―在日―日本の青年の役割を模索するという趣旨のもと、一泊二日で開催された。
まず、一日目の午前は、「東北アジアの平和のための日韓青年の協力の模索」と題してそれぞれの立場から基調発題を行った。韓国のJTSからは、単なる人道支援のみにとどまらない形で、統一運動として北朝鮮においてモデル都市を建設する運動の経緯や展開意義について、韓国のGood
Friendsからは、北朝鮮の人々の人権が今どのような状況にあるのかその概略を述べた上で、今後の課題について説明された。続いてKEYからの発題として、日朝首脳会談以後の北朝鮮に対する日本社会の風潮について述べ、日本NGOの現状や役割について語られた。
午後からは、明洞で街頭募金活動を行った。広場での盛大なパフォーマンスに始まり、募金箱を持つ人、ビラを配る人などそれぞれに役割を担う。日―在―韓の三者でこの北朝鮮人道支援を行っていることを強調したプラカードを手に持ち、「千ウォン(約百円)でひとりあたり一週間分の食料になります」「募金の協力をお願いします」などと韓国青年と一緒に声を合わせてアピールした。通行人の反応は、「北朝鮮」という言葉を聞くだけで顔をこわばらせる日本社会とは格段に異なり、おおむね快く募金をしてくれる人が多かった。結果、二時間ほどで三五万ウォン強(約三万五千円)の募金を集めることが出来た。
夜からは、北朝鮮離脱住民との出会いを通じて生の話を聞くことが出来た。そこでは、満足に食べることが出来ないことがどれだけ苦しいものかといったことが、切実に語られた。日本のメディアから垂れ流されている「情報」からは汲み取ることが出来ない当事者の生の声を聞くことができ、参加者にとってとても貴重な経験になった。
二日目は、朝早くから参加者全員で都羅山(トラサン)駅、そして統一展望台を見学した。都羅山駅とは、ソウルと北朝鮮の新義州とをつなぐ京義線鉄道の中の駅の一つで、韓国側の最北端に位置する駅だ。統一展望台から見える北朝鮮を見て、歩けばすぐという距離で起こっている現状に対するもどかしさや、矛盾を改めて認識することになった。
韓国での街頭募金活動を通して、政治的な要因や立場性によって『人道』という言葉がいかようにも解釈されてしまっている現況に対して問題性を感じた。同時に、自分の社会への関わり方を改めて考えさせてくれる良い機会になった。
このフィールドワーク全般を通して、北朝鮮人道支援の最前線で取り組んでいる人の姿に触れることで「食料がない」という事実に、想像力を働かせることが出来た。私たちにとって想像もできない実態に対し、「今何ができるのか」という模索だけでは物足りない、「今出来ることをやらなければならない」という実感をもって行動することが大切だと感じた。
(以下、省略)
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