Kカルチャー 映画評
『オールド・ボーイ』 パク・チャヌク監督作
ある日突然、見ず知らずの場所に監禁され、15年後解放される。監禁の理由は、わからない。この15年がその人間にもたらすものは、何だろうか。
主人公オ・デスは、今日が娘の誕生日だというのに、いつものように酔って暴れ交番に勾留されていた。身柄を引き受けに来た親友のジュファンとの帰路、これから家に送り届けますからとジュファンが電話している間に、デスの姿が消える。
気がつくと、デスはテレビとベッドとシャワーコーナーを備えた部屋にいた。そこは憎いけれど殺せないヤツ、殺すだけじゃ足りないヤツを秘密厳守で長期にわたり監禁する場所であった。監禁の理由は何でしょうか、せめていつまで続くのかだけでも教えて下さい。クソッタレの犬畜生め、ぶっ殺すぞ。叫ぼうが吠えようが、涙を流して懇願しようが、誰も何も教えてくれない。ただわかったことは、メロディーが流れると催眠ガスが流れ出し、覚醒する頃には髪を切られ部屋も掃除されているということだけだ。
ある日、テレビに妻が殺害されたというニュースが流れる。犯人は、自分。監禁ばかりか、妻を殺され、その罪まで着せられてしまった。何度も自殺を試みるが、床に血の海をつくるばかりで、治療を施され死なせてももらえない。
監禁六年目、デスは絶望を復讐心に変える決心をする。監禁した犯人を倒す仮想訓練のスタートだ。地道に掘り続けた壁の穴からいよいよ脱出と思った矢先、またもやあのメロディー。気がつくと、15年の時を経てデスは解放されていた。
自由になったデスに、犯人からコンタクトが来る。反射的にデスは問う、「お前は誰だ、なぜ俺を監禁した」。
監督はパク・チャヌク。『JSA』の緊迫感ある映像で強い印象を残す彼だが、今作品が2004年カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞したことにより今後世界が注目する監督となるだろう。面白いことにこの映画、原作は土屋ガロン(作)、嶺岸信明(画)による同名の日本漫画である。韓国では日本の漫画熱が高いらしく、数多くの漫画誌・コミックスが韓国版として発売されているらしい。
人は誰しも、知らぬ間に他の誰かを傷つけてしまうことがあるのではないか、遠い過去の、記憶の埒外におかれた出来事への復讐を突然始められたら、どんなに怖ろしいだろう。原作の持つモチーフはそのまま生かしつつ、映画では監禁の理由や結末は異なる展開を用意している。
物語の佳境、犯人はデスに言う。「お前は過った質問を繰り返してきた。重要なのは、なぜ監禁したかではなく、なぜ解放したかだ」と。平凡な日常を奪い、家族を失った。いつ終わるともわからない監禁生活の果て人格まで変貌したデスの十五年は、これから始まる結末への序章に過ぎなかったのだ。
この映画が秀逸なのは、そのクライマックスにおいてである。監禁の理由が次第に明らかにされるにつれ、観客は一つの疑問にぶち当たる。この犯人、単なる逆切れ、逆恨み野郎なんじゃないか、と。否、違う……。
この残酷な結末を、私は書くことが出来ない。なぜって「口数が多いから」と15年監禁されるかも知れないから。
Kum JiHa/Private Dancer/TOKYO
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