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K-magazine 第19号
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特集1 MESSENGER 尹健次(ユン・コォンチャ)さん(神奈川大学教授)

■「在日」の今若い世代

―「在日論」という在日コリアンの生き方論が八〇年代まで激しく交わされていましたが、九〇年代以降は「多様化」という言葉が台頭して「在日論」が急に語られなくなったように思います。今あるべき論としての「在日論」は描くことができるでしょうか?もしあるとしたらその内容は何になるのでしょう?

いま現在は、「在日論」ってないと思うよね。八〇年代、姜尚中氏や文京洙氏らがやっていたけど、結局民族と国家にまつわりながらも、どう「市民」として生きていけばいいのか、といった話だよね。その時に比べると、いまは民族とか国家はさらに後景に退いている気がする。「在日」は在日、日本の市民―「市民」という言い方が適当かどうか?―と同じではないが、それに限りなく近づきつつあるとでもいうのか。しかしまた、なかなかそうはいかない。ただ在日は、日本に暮らしている住民としてはもうほとんど確定しているでしょ?その場合民族とか国家は後景に退くばかりで、しかし全部は捨てきれない。「在日」がどう生きていくかという集団的なアイデンティティよりは、個人としてどう生きていくのかという話になりつつあるんじゃないかな?

今は、民族とか国家よりも市民として生きていく。ただその場合もやはり民族、国家が関わってくる。つまり端的にいって、南北分断の現実において、国家、あるいはもっと身近な意味で国籍をどう考え、関わるのかということ。民族とか国家といった時に、国籍と同時に、自分が帰属する、あるいは帰属を希望し、または暗黙のうちに頭によぎる国家、それが問題になってくる。

「在日」は何を大事にしていかなくちゃいけないかというと、既成の世代は大韓民国とか朝鮮民主主義人民共和国と言うけれども、若い人にとって一番大事なのは出自。つまり、日本の朝鮮植民地支配の結果、日本に移ってきた、移らざるを得なかった人。これが在日朝鮮人。出自は国籍と関わりない。「民族」というと言い過ぎになる。だって「混血」もいるわけだし。四分の一であれ、八分の一であれ、十六分の一であれ、その血をたどっていくと朝鮮半島から来ている。それが出自。

私も皆さんもそうだし、人類みんなそうなんだけども、自分で選択して生まれてきた人はいないわけよ。親が貧乏人ということも、誰も選択してきていない。日本人か朝鮮人か、名前が何になるか、どこに生まれるか、全部知らないこと。考えてみたら、大人になるまでに自分が持っているもの、帰属意識、ことば、考え方、財産、頭の中にあるもの、ありとあらゆるもの、これらはほとんど全てが与えられたものでしょ。自分で作ったもの一つもないのよ、教育も含めて。それは認めざるを得ない。自分が責任を持てるのは、本当は自分で選択し、行動したことであって、それ以外のことは、いったんは全部受け入れるしかない。良かれ悪しかれ。分断時代とか、朝鮮が植民地支配されたこととか、これ全部認めざるを得ない。これを否定すると歪んでくるわけよ。心の中だけか、行動するか、それはいろいろあるけれども、運命的なものは全部認める、その上で考える。

すなわち自分が選び取ったものでない出自を認めること、これが在日の出発点です。中には朝鮮を隠している人もいるけれども、それはおかしい。なんで隠さないといけないの?それは日本社会との関係で隠しているのであって、自分が悪いんではない。日本社会が悪い。そこで悪いものを直そうというエネルギーが出てくるのであって、自覚しないと出てこない。これが若い人にとっての「在日」の原点だと思う。だから昔とはちょっと違う。昔「在日」は祖国か第三の道かと言っていたけど、それは民族、国家にまつわる話。だけどそういう選択の問題はなくなりつつあるし、現実に難しくなるばかりです。あるのは、出自を認めてそれを踏まえて生きていくこと。それしかない。人によって違いはあるよ。祖国意識が強い人もいるし、今まで日本人だと思っていた人が韓国留学してバンと変わる人もいる。可変的よ。だから出自というのはかなりの部分で歴史認識と関わっている。アイデンティティの核は歴史認識。歴史認識の核は出自。これはあくまで私の解釈だけど。私は六〇超えてるわけだからね。六〇を超えてる人が若い人の立場に立って話をしてるだけ。合ってるかどうかはあなた方が考えることね。私自身は何としても早く、南北分断の克服、できれば統一を実現させたいと思っているけど。そうなるとまた、「在日」の生き方も変わってくるはず。

―確かに出自と一緒で、血がどうつながっているかという生物学的なものだけではなくて、歴史に対する見方、知ってるかどうかで全く変わってきますよね。植民地という歴史があって、自分のハラボジ・ハルモニが植民地の結果来て日本にいるという、そういう歴史をトータルに知らないと、なかなか在日としての出自が意識されないと思います。

日本人と「在日」の違いは、日本人は歴史観がほとんどない。ほとんど何も知らない。こないだ朝日新聞に載ってたけど、若い人の九〇%が東京裁判という名前すら知らないらしい。日本で生まれた日本国民ですよ。国民教育、義務教育を受けて、それで東京裁判が何か知らない。東京裁判が何かわからないのに、A級戦犯が何かわからないでしょ。当然靖国参拝が何かわからない。何もわからないのに、小泉さんが「戦没者が・・」と言ったら、そりゃそうだなとなるわけ。判断する基準というか、基礎知識もないわけよ。マスコミが言う通りにやっていくだけ。日本の若者、学生の中には朝鮮半島に軍事境界線があるのを知らないのも多いです。日本が朝鮮半島を植民地支配した事実も知らない例も多い。だけど、我々はそうはいかない。

もう一つ大事なのは、マイノリティであることね。歴史的な現実でいうと、弱者として生きていくことを運命付けられた。自分の意志とは関わりなく。出自を隠すというのはマイノリティの話。マイノリティは弱いんだけど、しかし自覚したら強くなる。一人で百人、千人の仕事ができる。なんでもマイノリティとして考える。マイノリティであることは、ある意味で被害者の立場、そう言うと言い過ぎかもしれないけど、もう少し哲学的な言葉を使って、被抑圧者。被抑圧者として考える。そしてマイノリティの立場でマジョリティを考える。マイノリティはマジョリティとの関係の中で生じるものなんだから。マイノリティの立場に立てば立つほど、歴史で言えば被害者の立場に立てば立つほど、加害者とか強者とか多数者の顔が分かってくるのであって、そこで変革を、となる。変革は自分のことを変革すると同時に、マジョリティも変革する。いまの段階で在日論、ないしはそれにつながるのは、こういうことではないかと。

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