特集1 MESSENGER 李由美(り・ゆみ)さん(タレント)
 ■山口の朝鮮学校
―京都KBSのテレビやラジオで長く出演されておられましたが、ご出身は関西ですか?
いいえ、出身は山口の下関です。朝鮮幼稚園から下関朝鮮初中級学校、そして山口朝鮮高校まで、ずっと山口の朝鮮学校に通いました。父親は山口下関出身で、母方は九州の福岡です。おじいちゃん、おばあちゃんが炭鉱で働いていて。うちの母が福岡から山口に嫁に来たんです。
―ご両親は、民族的なことを家庭の中でも、しっかり伝えたいという感じだったのでしょうか?
そうですね。でも家庭の中で、こういうふうにしなければみたいな教育はなかったです。ただ、おじいちゃん、おばあちゃんも一緒に住んでて、普通に家でキムチを食べ、「オモニ」「アボジ」って呼ぶし、風邪をひくと高麗人参の入ったものが出てきたりとか。おかずには基本的にニンニクが入ってるし、すきやきでも何でも全部コチュジャンとか唐辛子が入ってるし。だから植えつけられたというよりも、それが当たり前の環境。食べてしゃべってという部分で培われたので、何かを強要されるってことは全くなかったですね。ただ母は、やっぱり在日だから手に職を持つなり自分一人で生きていけるようにはなんないとだめだよと、ずっと言ってましたけど。民族的な誇りを持て!といった大きなことを言われた記憶は全くないですね。
―当然まわりには日本の学校もあるわけですよね。そっちに通うというお話はなかったんですか?
全くなかったですね。私は五人姉妹の末っ子で、オンニが四人いて、オンニたちはみんなウリハッキョに行ってるから、当たり前にウリハッキョ行くんだなと思ってました。日本の学校はありますけど、在日が多い下関という土地柄でしょうか、乾物屋さんがバァーと並んでいて、ほんとに下町風な町だったんです。大阪の生野みたいな雰囲気、ミニ生野みたいな。当たり前だったんです、ウリハッキョに行くのが。
―そこに住んでいる在日の子どもたちの大部分が朝鮮学校に通っていたんですか。
そうですね。でも隣に日本の公立中学校があったんですけど、その生徒の八〇%が多分同胞でした。よく喧嘩してました(笑)。なんで喧嘩するんだろう?と思いましたけどね。
―日本の学校に通っている友だちもいらっしゃったんですか?
いなかったです。接点がないんですよ、日本の人と。近所のおばちゃんぐらいで、知り合いは全部同胞みたいな感じでした。高校卒業までずっと同胞の中じゃないですか。昔だし、田舎だし、男尊女卑的な部分がすごくて。私が受験勉強を一人でしていたら、「お前が受かるわけないやろ」って男の同級生に言われて、「うるさいね」って返したり(笑)。なんだ、この男たちはとか思って。けっこうきつかったですね、男の子たち。みんなアイパーで(笑)。男の子はなんか怖い、野蛮みたいなイメージがあったんです。私バレー部だったんですけど、狭い体育館で、いつも男子ばかり占領して女子は隅っこで練習、みたいな。すっごく男子が嫌いで(笑)、絶対日本人と結婚するって思ってた。ほんとに日本人と結婚したんですけど(笑)。朝鮮高校の後、広島大学歯学部付属歯科衛生士学校に行ったんですが、受験資格のために広島にある日本の高校の四年次に入ったんです。日本の高校に通うことが初めてで、授業を日本語でしていることがなぜかおかしくて、それも広島弁だし、とか思って。そこで友達になった男の子たちが優しくて、「男の人って優しいんだな」っていう目覚めはちょっとありつつ(笑)。
■受験資格の問題に直面
―ということは、歯科衛生士の資格をお持ちなんですか?
そうなんですよ。行ったのは広島大学の中にある歯科衛生士学校で、国立なんですね。だから当時の私には受験資格がなかった。じゃあどうしよう?と思っていたら、広島の西高校に行って、通信制で四年次に編入して一年間通えば高校の卒業資格がもらえることになった。私が最初で、その時に初めてできたんですよ。西高校の先生方もすごく頑張ってくださいました。教育委員会といろいろやり取りして、朝鮮高校出身の子たちでも朝鮮高校入学と同時に通信制に入れば朝鮮高校を卒業する時に日本の高校も卒業できるというシステムができて、卒業してしまった人でも通信制の四年生に編入して一年間だけスクーリングをすれば高校の卒業資格が取れるというふうになったんですね。で、一年まあ待とうかと。スクーリングを一年間やって、その間にバイトもしつつ受験勉強もしつつという感じで過ごして、受験をし、無事衛生士学校に合格しました。
―歯科衛生士の学校に行かれたのは、やっぱり先ほどのお母様の「手に職を持って」というお話が関係しているんですか?
それはありますね。ウリハッキョ出身だと、将来がなんか狭まってたんですよね。それこそアナウンサーになるなんて話はまずないし。田舎だったし、とりあえず朝大に行くのか、朝銀に入るのか、商工会に入るのか、音楽ができたら歌舞団に入るのか、みたいな。でもどこにも行きたいところがない。私のこれからの人生はどうなるの?と。で、日本の大学に行けば何か広がるかもと思ったんです。歯科衛生士は、私は生物がすごく好きだったんで、私でもできるのかなとか思って、いろいろ学校を探してみて願書を取り寄せたりして。その時最初に大学に電話した時は、「受験資格大丈夫ですよ」って言われたんですよ。
―ほんと適当ですね。無知だし。
無知なんですよ。普通にありますよって。だけど受験一週間前に学校に電話がかかってきて、やっぱりありませんと言われました。その時はやっぱり高校生ですから、自分の将来どうなっちゃうんだろう?ってショックじゃないですか。電話口でボロボロ泣いてしまって。先生も校長先生も大変だと大騒ぎして、広島大学から学長と他の先生で三名くらい謝りに来たんですよ。わざわざ山口の朝鮮高校まで。高校の先生が「今広島大学の方が来られているから来なさい」と言うので校長室に行くと、大の大人が三人いて、「申し訳ありません」とか謝られて。謝られても、どうしよう?みたいな。
結局法律として、第一条校ではないから、ダメですよね。けど、「将来不安かもしれないけど、ぼくらは君を待ってるから」みたいな、ちょっと感動的なシーンがそこであり、そこまで言ってくれるんだったらこの学校に入ろうとあらためて思ったんです。翌年面接に行ったら、面接官にその先生方がいて、「来たね」って言われてわぁ!みたいな(笑)。
それで入学して二年間通い、最後に国家試験を受けて卒業をした後、大阪の歯医者さんに就職しました。でも勤めたのは一年間弱くらいだったかな。ちょっと違うかなと思って。なんかね、やっぱり口の中は狭いですね。(笑)もちろん歯の世界はそれはそれで深くて、私が日本中の人々の口の中を変えてやる!くらいに思ってたんですけど、狭すぎた、私には(笑)。
せっかく在日だし、韓国語もウリハッキョとはいえども基礎はできてるわけだし、もっと広い世界で仕事できないんだろうかと思っていたんですが、昔ちっちゃい時の夢が、アナウンサーだったんです。でもアナウンサーになるというのはすごく雲の上の仕事だっていう感じがあるじゃないですか。アナウンサー?芸能界?はぁ?みたいな。けど、何かできるんじゃないかと思って、オフィスキーワードの大阪本社に電話をしたら、「えっ、韓国語しゃべれるの?じゃあ来てみたら」と言われて、アナウンサーのレッスンを受けることになりました。韓国語もいわゆる在日言葉、ウリハッキョ言葉になっちゃってるんで、個人的にソウルから来られた大学の先生について、ソウルの標準語にきっちり変えようとレッスンをしてもらいました。
(以下、続く)
■アナウンサーになるために
■民族名で仕事
■韓流に関わる仕事で
■在日として感じること
■結婚の時
■今後のチャレンジ
【李由美(り・ゆみ)さんのプロフィール】
山口県生まれの在日三世。山口朝鮮初中級学校、山口朝鮮高級学校を卒業後、広島大学歯学部付属歯科衛生士学校に進学し、歯科衛生士国家資格を取得。法廷通訳の仕事をしながら、タレント業を開始。京都KBS『田渕岩夫のトクダネ!てれび』に3年間レギュラー出演するなど、様々なテレビ・ラジオ番組に司会として出演。ネイティブ級の韓国語力を駆使し、韓国芸能人のインタビューやファンミーティングの司会など、韓流の番組・イベントでは引っ張りだこの存在に。展示会や商談等の韓国語通訳も務める。
現在出演の番組に、『韓流フォンデュ』(東京MXTV、毎週火曜日23:00〜23:30、「Yumi」として出演)、『KOREA ENTER24』(KNTV)。雑誌『k-pop townの本』に、コラム「由美のもちょっとだけ聞かせて」を連載。オフィスキーワード所属。
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