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子どもの栄養状況回復の兆し
去る2003年2月20日、世界食糧計画(WFP)と国連児童基金(UNICEF)合同による朝鮮民主主義人民共和国(以下:北朝鮮)栄養調査の結果が発表されました。日本国内では、あまり報道されていませんが、非常に重要な報告となっています。この報告を紹介しつつ、現在の北朝鮮の食糧状況について簡単に整理したいと思います。
「援助が人々に届いており、肯定的な結果を生み出した」(大島国連事務次長)
WFPとUNICEFが行う合同栄養調査は、1998年以来2度目となる。1998年に行われた栄養調査では、子どもの実に62%が慢性の栄養失調、重度の急性栄養失調が16%にも達するという非常にショッキングな結果が表れた。今回行われた合同栄養調査は、北朝鮮の中で行われたものとしては最大の調査であり、子どもと母体双方をカバーし、UNICEFとWFPの協力の下、昨年10月に行われた。 その結果は、1998年よりも子どもの栄養状態は改善を示しているというものだった。△過少体重(体重/年齢)は1998年の61%から2002年は21%に減少し、△急性或いは重度の栄養失調(体重/身長)は16%から9%に減少し、△軽度および重度の発育不全、言い換えれば、慢性的な栄養失調は62%から42%に減少したとのことである。国連人道問題担当事務次長の大島賢三氏は、「結果は非常に勇気付けられるものであり、私たちの援助が明らかに人々に届いており、肯定的な結果を生み出したといえる」との評価を下した。
脆弱な地域、脆弱な母親
今回の栄養調査は地域によって、その脆弱性が異なっていることを示している。例えば、南浦市の子どもの発育不全は25%であるが、咸鏡南道のその割合は48%にも至る。平壌における重度の栄養失調の割合は4%以下であるが、咸鏡南道の割合は12%にもなる。食べ物へのアクセスそして、子どもの下痢の発生率についても同様の結果を示している。UNICEFとWEFはモニタリングの結果からも、北朝鮮のどこよりも北東部の道がより脆弱だというパターンを確認できるとしている。 また、母体の脆弱性も指摘されている。母親の約3分の1が栄養不良であり貧血気味であるということだ。「これは、子どもの栄養不良に関わるきわめて重大な要因」になっていると指摘されている。
国際社会の関心は依然として必要だ。
しかしながら、WFPとUNICEFは、子どもの栄養状況は改善されたものの依然として強い関心が必要であることを強調している。世界保健機関(WHO)の基準によると、北朝鮮の重度の栄養失調割合はいまだ「高く」、発育不全の割合は「非常に高い」。危機はいまだ継続している。さらに、昨年来指摘されている、最近の食料・医療やその他の援助の減少は、これまでの成果を損なう危険性がある。 「危機は終わっていない。もし国連が医療品や食料をよりたくさん‐そして素早く‐提供できなければ、なされてきた進歩の大部分を無駄にしてしまい、栄養不良の割合は再び上昇するであろう。」とWEFのモリス氏は警告する。
北朝鮮の食糧事情と継続した人道支援の必要性
今年の北朝鮮の食糧事情や人道支援の必要性について、国際社会はどのように考えているのか?もう少し詳しく見ていきたい。 まず、最新の北朝鮮食糧事情に関する報告である。2002年10月28日に発表された、国際連合食料農業機関(FAO)とWFP調査結果によると、北朝鮮の今年の食糧生産は、前年比でかなり高かった昨年を上回って、若干向上し、2002年から03年にかけての作付けシーズン中の穀物生産量は384万トンと予想されている。これは、1995−96年のピーク以来最高の収穫であり、昨年生産の最終見積量に比べて4.9パーセント多い。 しかしながら2001年と2002年の回復にもかかわらず、国内生産は最低の食料必要量をかなり下回っており、2002−03年(11月〜10月)における穀物不足は、108万4千トンと見積もられる。商業輸入10万トン、譲許的輸入30万トン、それに食糧援助12万6千トンと見込まれるので、さらになお、追加的な食糧援助と譲許的輸入によってカバーされる必要がある55万8千トンの未準備不足分がある。 2002年11月9日に発表された、「朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)のための諸機関合同要請」によると、△100万トン以上にのぼる国内食糧供給不足により640万人以上の人々が脆弱な状態におかれている。△220万人の7歳以下児童が、栄養失調のリスクに直面し、成長が阻害されている。△42万人の妊婦および育児中の母親が貧弱な栄養状態におかれ、鉄分不足と貧血状態におかれている。△不適切な生殖医療により出産時死亡率が増加している。△390万人の児童が学習能力を減退させており、教育の質が低下している。△ほとんど全人口が、食糧不足と基本的社会サービス、特に保健水道、下水、教育などの悪化に瀕している‐として、持続的な援助なしには、9年目になるこの危機は克服されないと指摘されている。
北朝鮮人道支援へのご支援・ご協力を!
以上見てきたように、北朝鮮の食糧難を取り巻く情勢には様々な肯定的な変化が見られている。しかし一方で、食糧援助が必要な現状は、国際機関が指摘するように変化はない。にも関わらず、国際社会の北朝鮮への食糧援助熱が徐々に冷めつつあるという否定的な動きも見られている。 私たちはこのような状況下では、北朝鮮への継続的な食糧援助が依然として必要とされていると考えている。今後も、羅先地域子ども結縁事業を通じて、微力ながら北朝鮮の子どもたちへの食糧援助を続けていきます。(文責:宋勝哉)
■ 羅先市訪問インタビュー (2003年2月13日〜14日)
2003年2月13日から14日まで短い期間であるが、朴チナJTS理事が北朝鮮羅先市を訪問した。JTSヂヒョン事務局長が朴チナ理事にインタビューを行った。
Q.最近の北朝鮮の寒さは?
豆満江を渡って、北朝鮮国境へ渡って行く時に吹きつける厳しい風を受けながら、北朝鮮側国境へ入っていくと、暖炉もなく本当に足が冷えました。羅先市へ入っていくと、幸運にも前日まではとても寒かったのですが、到着した1月3日には比較的暖かい気候になりました。何日か前、寒い日で風が強いときには、道を通り過ぎていた女性たちは立っている木を捕まえなければならないほどだったと言います。
Q.今回、北朝鮮を訪問した目的は?
羅先JTS子ども栄養食工場では、米38トンとトウモロコシ12トンを羅先で購入しており、冬期の工場稼動の状況と、残っている栄養食原 ▲昨年11月末にJTSが送った下着を着ている羅津地域の子どもたち 材料状況を把握するためでした。また、去る1月に送った小麦粉60トンがしっかりと配分されているのかも確認してみるためでした。そして、清津孤児院に、去る1月の小麦粉60トンに続いて、2月13日に小麦粉100トンが、フェリョンを経て、清津に物資が正確に入っているのかを確認するためでした。 工場に入り、在庫量を把握して見ると、粉ミルクを除いて、砂糖は残っており、今回は米とトウモロコシ2か月分を持って行き、2か月間使用する物量としては十分でした。また、工場内には5kg栄養食入りの袋を6袋ずつ入れた麻袋がたくさんあり、最近の工場稼動の状況をうかがうことができました。冬には電力状況がよくないので、平常時より工場稼動を半分程度しかできませんでしたが、最近になって寒さが少し和らぎ、きちんと工場は稼動していました。
Q.最近の食糧難の状態は?
出会った人々すべてが異口同音に、本当に食糧難が深刻だと言います。特に3月1日以降、春窮期が始まる期間には食料はとても不足すると言います。昨年農繁期にはジャガイモ収穫期冷害になり、収穫が減っている上に、冬には電気がなくなり、工場稼動はもちろんホテルも閉めざるを得ない羽目になっていると言います。
Q.訪問した託児幼稚園はどこで、子どもたちのの様子は?
去る11月訪問したホテルは暖房が入っておらず、外国人宿所に泊まりました。その外国人宿所でも足を若干暖める程度だけの暖房しか入っておらず、それも明け方には電気が入らないので、とても寒い部屋で過ごしました。 寒さによって幼稚園は大体休み中で、幼い子どもたちを預けて、仕事に出て行く託児所はほぼ開いていました。そこで、託児所の中でチャンピョン託児所とペカク里託児所の2箇所を回って見ました。暖房状態がよくなく、1〜3歳になる子どもの部屋は少し暖かかったですが、4〜5歳になる子どもの部屋はほぼ暖かさがなく、私も足が冷えました。
Q.子どもたちの状態は?
子どもたちの姿は明るくて良いように見えました。羅先地域の託児所・幼稚園の子どもたちは他のところよりも平均体重や身長が良いと言います。行く度に少しずつ変わっていることを感じますが、北朝鮮の子どもたちが韓国の子どもたちのように、丈夫になってきていると思えます。 特に子どもたちは幼いですが、礼儀にはしっかりしており、先生方が本当に実力があって、子どもたちをしっかりと教えていて、踊りと舞踊がすばらしいです。そして、子どもたちの声も力強く充実しているように見え、私たちがしていることに満足感を感じました。JTSが北朝鮮に送る物資は最上の品質であり、担当者の方から「本当にありがとう」といわれ、1月には羅先と清津からJTSに年賀状を送られ、感謝するという表現も使われていました。 羅先から出発する日が14日だったが、北朝鮮でも旧暦の正月15日をお祝いして過ごすようでした。晴れ着を着て、家族の手を握って騒々しく動き回る姿がいたるところで目に留まり、大部分の道が凍っており、時折歩みをよろよろと行く姿が睦まじく見えました。 彼らの平和な姿を見て、今年1年子どもたちにもよりよい生活と平和で包まれることを願っていました。 【JTS発行「美しい世界」通巻40号:2003年3月・4月号】
■ 北朝鮮の子どもたちに下着を送って
(李ヂヒョン/韓国JTS事務局長)
北朝鮮に物品を送るたびにいつも同じようでありがならも、とても忙しくなる。JTSから北朝鮮に物品を送る物は、子ども栄養食原材料と工場用品だけでなく、多様な企業から後援を受けた物品と、各地域浄土会から大切に集められた石けん、タオル、歯磨き粉と歯ブラシ、文具など本当に種類が様々だ。去る11月末には羅先市託児幼稚園子ども栄養食原材料である、粉ミルク9.6トン、砂糖20トン、子ども栄養食工場に使用される栄養食を入れた3kg入りの袋と、幼稚園子ども5,200名が冬を越す下着、20フィートコンテナ二つ分が支援された。
また、咸鏡北道清津にある孤児院支援用として、育児院・愛育院・初頭学院・中等学院・ろうあ学院、養老院にいる4,050名のための、冬を過ごす下着と、育児院(0−4歳未満の孤児)子どもの栄養のための粉ミルク3.4トン、砂糖5トン、そして韓国の企業と地域から送っていただいた衣類、文具類、履物、石けん、歯磨き粉などを20フィートコンテナ一つに入れて送った。
北朝鮮に物品を送るときには、もちろん統一部の事前承認許可も受けなければならず、書類も業務も多い。今回は、釜山港に物品を送り、北朝鮮に向けて出発するまでの状況と、協力していただいた方のお話を後援者の皆さんと分かち合いたい。
11月19日京畿道龍仁物流倉庫にある粉ミルク13トンの運送から仕事は始まった。ボランティア開発部の金エギョンさんが様々な準備をしておき、緻密にタイピングをし、時間帯別にチェックしていたが、残っていた仕事は多かった。韓進宅配(10トントラックと5トントラック2台の郵送を無料として後援してくださった。訳者註:韓進宅配とは韓国の宅配会社)で、龍仁から釜山まで配達する宅配トラック2台が龍仁物流倉庫に午後5時ごろに来ることになっていた。その車には、清津孤児院用生活必需品15箱も積まなければならなかった。清津孤児院には中国産の物品は時折入っていたが、韓国産生活必需品が入っていくのは今回が初めてだった。龍仁倉庫は、JTS実務者には汗と努力が宿っている場所だ。随時、多くの後援物品が出入りするたびに作業をしなければならない。倉庫には後援を受けた物品を送ろうと、比較的実用的な物品を15箱、作業しておいた。
▲トラック郵送に無料協力という形での支援
午後1時ごろ、龍仁倉庫から物品を積んで、龍仁物流倉庫まで物品を移動していただくことになった、会員である朴チャンヂンさんが1トントラックを持って浄土会館に来られた。急いでいたため、倉庫の鍵も持っていかずに、浄土会館に引き返してくるという失敗をしながらも龍仁倉庫に到着した。龍仁倉庫では担当者とボランティアのホン・ユソクさんがすっきりと作業をしておいた生活必需品15箱を積んで、物流倉庫に向かった。龍仁と知られていた粉ミルク保管物流倉庫は、アンソンという立て札を過ぎて、ずっと進んでから表れた。
粉ミルク13トンを積む韓進宅配運転手さんお二方と会い、車に積もうとする粉ミルクを確認し、龍仁から持ってきた15箱を車に積んで、その正面を写真で撮影して無事に一日を終えて、浄土会館に向かった。次の日は、下着が全羅道光州にある工場で作られ、釜山に到着する日だった。誰に何着を支援するのかを決定する過程が遅れ(北朝鮮と議論する過程で時間が非常にかかった)、1万着近い下着注文を11月初めになって行った。工場におられる方は土曜日、日曜日なく連日作業を行い、辛うじて間に合わせたという。それでも、北朝鮮の子どもたちが着ることを考え、喜ばしく仕事をしたという。
釜山港では22日に船の出港が定められていたために、埠頭での作業をすべて20日までに間に合わせることにした。下着は幸いにも時間内に無事に釜山に到着した。その以前に、作業を行った20フィートコンテナ分の砂糖は既に釜山港に到着しており、清津に行く砂糖5トントラックは20日の到着だった。すべての物品が午後3時前に到着するように準備し、この時間に合わせて、釜山CYに物品到着確認のために、釜山の会員の金ミョンスクさんが出てきた。看護士である彼女は、ちょうどその日の時間が可能で、協力することにしたということだった。
このように様々な方の助けによってJTS11月対北朝鮮支援、コンテナ3個分を積んだ船は22日出港した。この物品を引き渡すために、朴チナJTS理事が11月25日から27日の間で、羅先を訪問して来られた。理事は北朝鮮を訪問された後、そのままアフガニスタン出張が決まっていたために、短い期間訪問なさることになった。
北朝鮮を訪問され、清津北朝鮮担当関係者と会い、11月の支援物資を引き渡し、2002年JTS農業支援に対する結果報告書と配分表を受けてこられ、支援された下着を着た託児幼稚園の子どもたちの写真を持って韓国に来た。本当に北朝鮮は寒さが厳しく、寒かったという。冬なので子ども栄養食工場稼動に困難があるので、小麦粉を支援してくれという要請を受けて来た。
▲送られた下着をつける子どもたち
今回支援した下着は寒い日の子どもたちには本当に必要なものであり、清津育児院の孤児たちも韓国産の粉ミルクを味わうようになった。
下着を着て撮った子どもたちの写真を見ると、本当にほほえましい。きれいに見えるために、化粧を濃くした子どもたちの姿を見ると、心が少し痛くなるが。
2002年1年、会員の皆様方から北朝鮮支援のために本当に多くの方の助けがありました。特に下着を支援するのには、児童作家の金ヂュンミさんさんから2千万ウォンを指定寄託してくださって、始まったものです。そしてこの間、後援物品を集めるのに本当に情熱を持って作業をしてこられたファン・ヨンスク理事長とタオル、石けん、文具など家にある物品を大切に集めて、持ってこられた地域の浄土会の会員の皆さん。
5千ウォンから数百万ウォンまで、きちんと後援を忘れずに支援してこられた多くの方々がいたので可能だったものです。また、海を越えて遠くにいるアメリカや日本で後援してくださる団体と後援者の皆様にも深い感謝を表します。小銭で集まってくる統一豚(訳者註:浄土会が行っている事業で、豚の形をした小さい貯金箱に小銭を集めて募金する事業)会員のみなさんと北朝鮮子ども支援街頭キャンペーンで、1,000ウォン、2,000ウォンを入れてくださった通行人の皆さん、このすべての方に北朝鮮子どもに代わりまして頭を下げて感謝を表します。 【JTS発行「美しい世界」通巻39号:2003年1月・2月】
■ 中学校全体で行う北朝鮮人道支援 北朝鮮の子どもたちをずっと助けているインホン中学校
ソウル市クァナク区ポンチョン11洞1647番地にあるインホン中学校の先生方と全校生徒が咸鏡北道羅津・先鋒地域の7個の幼稚園を結縁を結び、ずっと支援をしている。担当の金ナムソン先生にお話を聞いてみた。
Q.(社)韓国JTSを知るようになった動機は
2000年、統一教育実施のための浄土会館への訪問を通じて。
Q.学生にどのような方法で結縁をしておられますか?
体験重視統一教育実践の一環としてまず、人間の本来の性についての教育の必要性を知らせ、人の本分を尽くす実践行として分かち合いの重要性を認め、その分かち合いの実践として北朝鮮住民の助け合いを始め、羅津・先鋒地域の託 ▲インホン中学校の生徒たち 児所・幼稚園と繋がり、2000年以来毎年、教師たちとあわせて780名の子どもたちと結縁を結びながら、これと関連した統一教育資料配布を通じ、統一教育と連携させている。
Q.私どもの団体の事業を共に行いながら、自負心を持っている点、困難な点があれば
統一を思考と言葉だけで語るのではなく、実際に少しでも助けになりうる出口の役割を果たしており、その結果として具体的な公認も得られるようになったことは大きな自負心であると思う。困難な点は今も、北朝鮮に対する冷戦意識を持っている先生方もたまにいるようで、心が痛むときがある。
Q.様々な助けを頂いている方は?
インホン中学校前校長先生であられた金ソンイル先生と、現在のチョ・ヂョンヨン校長先生とチョ・チェギ教頭先生、そして、多数の先生方の協力と学生たちの献身に助けてもらっている。
Q.(社)韓国JTSに願う点があれば
献身的な生命活用運動、人類の平和と明るい文明開化のための努力に拍手を送る。誇らしいことだ。次回は、ノーベル平和賞を必ず受けなければならない。まさに皆さん方は本当に平和賞を受けることのできる対象であると考えるからだ。ご苦労様です。 【JTS発行「美しい世界」通巻38号:2002年11月・12月】
■ JTS活動報告(2002年10月〜2003年3月)
10月22日
羅先市託児幼稚園の子ども栄養食支援原材料のうち、粉ミルク10トン、砂糖20トン、トウモロコシ粉12トン、白米38トンが支援された。 このうち、粉ミルクと砂糖、毎日乳業から後援していただいたマムマイル(訳注:韓国の離乳食のブランド名)は22日釜山港から羅先港を通じて、JTS子ども栄養食工場に引き渡され、トウモロコシ粉と白米は中国の延吉で購入し、陸路を通じ、羅先JTS子ども栄養食工場に伝達された。
羅先と清津孤児院 下着、小麦粉支援
去る11月22日に北朝鮮羅先地域と清津地域の子どもたちを支援するための物品が釜山港から羅先港へ旅立った。羅先地域では子ども栄養食の材料である粉ミルク9.6トン、砂糖20トンと栄養食粉を入れたビニール袋2万個、そして寒い冬に対備し、子ども下着5,250着が支援された。清津地域孤児院には栄養食材料として、粉ミルク3.4トン、砂糖5トンと孤児院子どもたちのための下着4,075着が支援された。物品を引き渡すために、朴チナ理事が11月24日から28日まで羅先地域を訪問した。 1月初旬に羅先託児幼稚園と清津孤児院にそれぞれ小麦粉60トンずつ合計120トンを支援する計画だ。
2月支援物品
韓国JTSでは2003年2月に、北朝鮮清津地域に小麦粉100トンと韓国のシルバーキャラクターという団体から後援を受けた幼児用履物約18,000足を北朝鮮に送り、羅先地域には栄養食材料である、米38トンとトウモロコシ12トンを支援する。朴チナ理事が2月12日から15日まで羅先地域の子ども栄養食工場とチャンピョン幼稚園、ペガック託児所などを訪問した。
■ 在日コリアン青年連合の北朝鮮人道支援活動報告
- 継続して「羅津・先鋒結縁事業」を展開しました。羅津にある「ユヒョン農場幼稚園」90名、先鋒にある「チョサンリ託児所」135名の合計225名の子どもたちに栄養食を提供しました。
- JVC・KOREA子どもキャンペーン・在日韓国民主人権協議会(民権協)など、北朝鮮への人道支援活動を行う日本のNGO間の連絡会議「DPRK人道支援NGO連絡会」へ継続的に参加しました。
- 9月13日から20日にかけて行われた「南北コリア日本のともだち展」に韓青連東京メンバーが中心に参加しました。特に、9月14に行われた「子どものワークショップ」へは運営協力も行いました。2002年10月27日には、韓青連も加入して行った「兵庫人権フェスタ2002」で、南北コリア日本の友だち展の絵画展示、北朝鮮食糧難の現状についてのVTR上映を行いました。
- 日本と朝鮮半島の平和の問題を考える「JAPAN−KOREA平和ワークショップ」に2003年2月15日、16日両日、韓青連東京メンバー中心に参加しました。
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