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JTS羅先オリニ結縁事業

オリニ結縁通信 No.12 [2004.4.23]

Page1 / Page2(通信12号の続き)


北朝鮮食料ニュース:国際機関は語る

FAO/WFP穀物及び食糧供給のための評価使節団
朝鮮民主主義人民共和国訪問報告書

2003.10.30発表資料

 FAO(国連食料農業機構)/WFP(世界食糧計画)穀物及び食糧供給評価使節団は9月23日から10月4日まで、2003年の公式収穫を評価し、2004年春までの小麦、麦、ジャガイモなどの穀物生産を予測すると共に、食糧援助の必要を含め2003年11月から2004年10月までの穀物輸入要求を予測するために朝鮮民主主義人民共和国(以下:北朝鮮)を訪問した。

 使節団は政府と協働農場官吏にインタビューし、収穫物を評価するために、まだ畑にあったり、収穫された穀物を観察した。また、学校、保育園、病院、公共食品配給所、田舎と都市の家庭を訪問した。使節団は北朝鮮の穀物とジャガイモの生産量の80%以上を生産していると知られている7個の道を調べ、降雨量、気温チャート、主要解決策としてSPOT4号衛星の写真を利用した。

 評価結果。北朝鮮はこの3年に渡る改善によって農産物生産が回復し続けている。特に、年初に良かった気温条件、比較的わずかしか発生しなかった病虫害、国際的支援を受けた肥料使用の増加、灌漑施設の改善、電気利用の改善などを通じた水量計の使用と機械化が農産物生産業回復の主要因だ。

 2003-04年の穀物生産量(ジャガイモ含む)は去る9年間の中でも最大の収穫であり、昨年の改訂評価より4.7%多い、416万トンと予想される。しかし、2003年11月から2004年10月までの穀物不足量は94万4千トンと予想される。商業的輸入10万トン、主に韓国からの特別に許容された輸入30万トン、食糧支援14万トンが期待されるが、不足量は食糧支援と特別に許容された輸入として補充される必要がある。

 北朝鮮はこの3年に渡る回復にもかかわらず、国内生産は最小限の必要食料量にはるかに及ばず、商業的な輸入が制限されているために、事実上外部の食糧支援に再び依存しなければならないだろう。この持病のような食料不足解決のために、食糧援助を緊急に提供しなければならず、持続的な食糧生産と総合的な食料安全を作り出すのに必要な経済的、財政的な、そしてまた他の支援を流通させることができる機構を設置するために国際社会は政府と政策対話をはじめることを勧告する。

 また、2002年10月に政府/ユニセフ/WFPが行った栄養摂取調査によると、子どもたちの栄養状態がおおよそ改善されたが、依然として栄養状態が非常に深刻な状態である。これは、基礎食品と均衡の取れた食事を取ることができる食料項目を、適切に適用することができないでいるためだ。

 また、他の問題は経済改革の一時的な影響によって最近解雇されたり、雇用が不安な状態であり、かつ、食料価格上昇を切実に感じている、都市の多くの公共分配システムによる扶養者家庭の購買力が大きく悪化しているということだ。故に、以前の栄養失調水準に落ちることを防止するために、脆弱な人々に対する定められた食糧援助調整を継続する必要がある。孤児院、幼稚園、保育園の子どもたち、小学校の児童、妊婦、授乳女性と年長者が継続してWFPの受益者の中心にならなければならない。また、所得が不安定な都市地域の低所得の、公共分配システムによる扶養者に食料が届けられるように努力しなければならない。

 使節団は2004年の650万の脆弱な階層の人々に48万4千トンの食糧支援(おおよそ40万トンの穀物)を流通させることを勧告する。

【JTS発行「美しい世界」通巻45号:2004年1月・2月号】


北朝鮮食料ニュース:国際機関は語る

北朝鮮への食糧配給の停止の危機
2004年2月10日:WFP発表‐食料配給の停止

 WFPは、北朝鮮で実施してきた子どもや高齢者など400万人に対する食糧配給(1人1日900キロカロリー分)を2月初めから停止したことを明らかにした。支援不足で継続ができなくなったためだ。

 しかしながら、妊婦7万5千人、孤児8千人だけは例外で、配給が続けられている。

 米国とロシアの支援で4月から400万人に対する配給が再開されるが、追加支援がなければ秋以降、再び停止、または配給者の削減を余儀なくされるという。WFPは世界各国に対し、緊急支援の実施を求めている。

2004年2月25日:WFP発表‐食糧配給の再開

オリニ通信
▲陰暦の正月15日を祝う羅先の子どもたち

 WFPは今日、朝鮮民主主義人民共和国で最も飢餓に苦しむ人々に対する食糧供給を一部再開する異例の措置に踏みきったと発表した。それでもなお150万の立場の弱い人々が今後6週間にわたって飢餓に瀕することになり、新たな拠出が早急になされないと、今年後半には数百万の栄養不良の人々に食糧が行き渡らなくなると警告した。

 朝鮮民主主義人民共和国におけるWFPの活動には、1カ月あたり平均4万トンの食糧が必要で、1400万米ドル以上の費用がかかる。

 配給の一部再開は、主として、目前の食糧不足に対処するためにWFPがとった数多くの緊急措置の一環である借用要請に対する朝鮮民主主義人民共和国政府の積極的な対応によるものだ。平壌当局は先頃、通常は国の公共配給制度(PDS)に使用される限られた計画的備蓄から穀物2万5000トンを提供することに同意した。

 WFPの支援がほとんど得られないために、一部の託児所と保育園は閉鎖を余儀なくされ、他方では子どもたちの食事の回数を3回から2回に減らさざるを得ない。

 先週、WFPの支援を受けて妊産婦向けの栄養強化麺を生産している2つの工場が、WFPの小麦の在庫が底をついたために、操業停止を余儀なくされた。栄養不良の子ども向けに栄養強化食品を生産しているその他の工場もいくつか同じ危機に直面している。

 「栄養基準改善へ向けてわずかながらも貴重な前進分が、まったくゼロに戻ってしまう恐れがある」とハイダー所長は語る。「食糧援助がなければ、今でも中程度の栄養不足の子どもたちが瞬時に重度の栄養不足となり、低体重児を出産した母親も母乳が出なくなる。これでは従来の飢餓のサイクルに拍車がかかるだけだ。」

【WFP日本事務所ホームページ】


今北朝鮮では−羅津・先鋒現地報道

栄養食を食べる子どもたち
羅先市訪問記(2003年10月16日〜23日)

朴チナ(JTS海外事業本部長)

 JTSが北朝鮮に支援した物品を配分し、北朝鮮の状況を確認するために、朴チナ海外事業本部長が2003年10月16日から23日まで羅先に行きました。そして、この間の工場運営状況の確認と送った物資の引渡しを行い、今後の計画について討論しました。北朝鮮を訪問した朴チナ海外事業本部長との一問一答です。

オリニ通信
▲朴チナ海外事業本部長と羅先の子どもたち

Q.羅津の天候はどうでしたか?

 初めの日羅津に到着したときには、雲がかかってから、陽光がかんかんと照りつけ暖かく、ソウルとよく似た天気でした。東海に沿っているJTS栄養食工場に立ち入ると本当に爽快な空気と風が吹いていました。山々は紅葉が真っ赤に染まり、特に羅津は松が美しいところでした。到着した日は雹(ヒョウ)が降り注ぎ、夕立が降って、明日からは寒くなると、そこの官吏たちが言っていました。

Q.行かれた幼稚園と託児所はどこで、子どもたちの状態はどうでしたか?

 羅先市社会乳牛牧場幼稚園、チョクチ農場幼稚園、羅先市チャンノ採集農場託児・幼稚園、羅先市羅津港託児所の4箇所でした。主に市内ではない、はずれにあるところに行ったのですが、市内では日曜日は休みますが、はずれでは1ヶ月に3回、1日、21日、31日と幼稚園・託児所が休みます。ちょうど出かけた日が休みの日で、遊びに出てきていた子どもたちと先生たちに会うことができました。出会った子どもたちは何名かは顔にはたけ(訳者註:顔面に白い粉をふいた円形の局面ができてくる皮膚病)が広がっていましたが、多数の子どもたちは健康に見えて、以前よりもとても活発に駆け回って遊んでいる姿を見ることができました。子どもたちに撮ったビデオを見せてあげると、とても喜んで、これは誰誰だと、自分たち同士で笑いながら喜ぶ姿は、まるで南の田舎の子どもたちを見ているようでしょう。

 先鋒にあるチョクチ農場幼稚園に行って見ると、とても古い建物のようでした。そこは床に引いてあるオンドルの床がとても古く、ところどころ、オンドルの床の下のセメントの床が見えており、厚いオンドルの床を送ってくれるとうれしいですと、先生がおっしゃっていました。

 羅先市羅津港託児所の校長先生に、JTSに頼みたいことがないかと尋ねると「特別なものはない。持続的に切れることなく、栄養食を継続して支援してくれることを望む」とおっしゃっていました。そして、「JTSから支援してもらった栄養食を食べている間、子どもたちは一回も下痢や腹痛がなく、全く異常がなかった。子どもたちが栄養食がとても好きで、おかげで良く育っている。普通、70%以上の子どもたちの栄養状態が丈夫だ」とおっしゃりました。

Q.子ども栄養食工場の実態はどうでしたか?

 工場に着いたのが4時40分ごろで、工場の人夫が退社準備をしており、工場で作った栄養食粉を運搬するために、トラックに積んでいました。今回韓国に、後援者の皆さんに味見をしてもらうために栄養食を少し持ってきました。工場部品が磨耗した部分が多く、去る9月初旬に、機械を交換したので、機械の状態は良好でした。そして、送った栄養宿の原材料が大部分12月分まで残っていることを確認しました。

Q.羅津に今までとは違った様子はなかったですか?

 羅津の市場がとても多くて、活性化していたことに驚きました。乾燥物、果物、魚、衣類、履物など多様な物が多く出ており、以前よりも多くの人々が市場で物を購入していました。そして、羅先市内やはずれにも、以前よりもより多くの人々で込み合っており、みんな闊達に見えました。

【JTS発行「美しい世界」通巻44号:2003年11月・12月号】


法輪和尚 羅先市へ行く

 JTS理事長である法輪和尚と朴チナ海外事業本部長が去る2月3日〜6日まで3泊4日間、北朝鮮の招請で羅先の事業場を直接訪問しました。既存の事業である、託児所、幼稚園栄養食支援と農業支援などを点検することがその目的でした。そして、50箇所余りの診療所の施設改善及び医療機器と医薬品支援などの新規事業の開始や、住民の生活を向上させうる衣類再生加工工場運営事業などについても羅先市当局と協議を行いました。訪問内容についてレジュメ形式で報告します。

第1日目(2月2日月曜日)ソウル→瀋陽

▽ソウル→瀋陽(9時30分〜10時)

▽瀋陽領事館で北朝鮮清津訪問ビザを受ける

▽瀋陽→延吉(17時30分→20時30分)

オリニ通信
▲羅先の工場を視察する法輪和尚

第2日目(2月3日火曜日)延吉→ウォンヂョン→羅先

▽元々朝8時に出発しようとしていたが、平壌から、迎接する迎接所職員が到着していないので、出発時間を遅らせ、延吉で待つことにする。午後2時に平壌から連絡があり、出発することにする。

▽午後2時30分出発、午後4時30分に国境に到着し、手続きをへて通過したが、北朝鮮側の出入国管理事務所が門を閉じていた。事務所には暖房装置が全くなかった。

▽真っ暗な中、人々が事務室から出てきて、手続きをした後、車を待つ。

▽夜11時に羅先市対外貿易事業局長が急に出迎えに表れる。

▽深夜1時に羅先市に到着し、ナムサンホテルに宿泊。

▽最近国家から送電される電気が停電し、ホテルは自家発電で電気をつけている。

※とても寒く支援しようと持ってきた肌着を取り出して着る。

※後でホテルの従業員が電気毛布をもって来てくれた。

第3日目(2月4日水曜日)

▽迎接を行う、平壌からきた方々が午前8時に到着。16時間かかったとのこと

▽平壌からきた迎接所職員たちは羅先市と協議しなければならないので、午後から日程を立てることにした。

▽午後3時:JTS栄養食工場訪問

−JTS工場訪問だけでなく、アガペ(Agape)工場、酒工場、パン工場、ゴマ工場など魚工場の中にある全体の工場を見回る。工場長が案内する。

−夕方7時:平壌の内閣から来たお年をめされた参事という方と夕食を食べ、接待する。

第4日目(2月5日木曜日)

▽午前8時:プポ里とクルポ里訪問

−陰暦の正月15日の休暇であるが、予定が忙しい関係で、豆満江流域農地開発事業場であるプポ里とクルポ里訪問

−ビニールハウス及び水田開墾事業場を訪問し、先鋒地域農業開発委員会副委員長が現地案内

−湿地の中にある広い地域である1000町歩(1町歩=3000坪)

−石油がなく作業ができないということで、 石油支援を要請

−ビニールハウスの成果と問題など農業についての討論

▽午前10時:農業機械修理工場訪問

−工場の構内を一つ一つ見ながら質問し、討論する。

−部品を生産する鋼管がないので部品生産ができず、部品がないので修理ができないでいる。

−機械は古いが、きれいに磨かれていた。

−羅先市全体のトラクター350台。この工場の修理能力は120台。主にエンジン修理を数多く行っている。

▽午後2時:昼食後市内見学

−陰暦の正月15日であるので、昼食後子どもたちがみんな公園に出てきて縄跳び、こま回しなど民俗遊びをしていた。

−天主教が建てている病院(未開院)、韓民族福祉財団が建てた製薬工場(倉庫として使っている)、トゥレ(訳者註:韓国で生活共同体運動を展開している団体)が建てた幼稚園を訪問。

−休日なので中には入ることができず、外から見る。

−市場に行ったが、休日なので市場は閉まっており、前に露天ができて非常に混雑していた。

−様々な品物が露天に出ていた。何人かの物乞いの子どもたちがお金をくれとついてきた。飴をあげた。

▽午後4時:琵琶島訪問

−香港企業が投資した所で、娯楽場(カジノ)があるホテル。客は大部分が中国人であるとのこと

−使用貨幣はすべて中国人民元かドル

▽夕方、羅先対外貿易局長と対談

−今後の事業に対する対話(委員長が平壌に出張に行っており不在なので、今後議論して答えてくれることになった)

−内閣から来られた人が私たちを清津に案内するために来たが、雪が大量に降り道が渋滞し、23万KWの大型送信塔が故障したので、電気が完全に切れてしまい、到底お客様を迎えることが出来ないと決定したとのこと。

※それで私たちは、清津に行くことが出来ないなら、明日朝早く出国すると要請し、合意した。

第5日目(2月6日金曜日)羅先→ウォンヂョン→琿春→延吉

▽朝早く港を見回り、もう一度羅先市場を見て、ウォンヂョンの橋の入り口へと来た。

▽午前に手続きを終えようと、12時前にウンヂョンの出入国事務所に到着

▽ウォンヂョン出入国事務所に預けた荷物を引き取り、手続きを終え、中国へ出国(ウォンヂョン→琿春→延吉)

▽延吉羅先代表部事務所で羅先訪問の感想を交換

第6日目(2月7日土曜日)延吉→ソウル


JTS2004年対北支援計画

羅先市支援改革(羅先市当局と協議中)

  1. 既存事業
    ▽栄養食加工工場:100個余りの託児・幼稚園の子ども10,000名余りに栄養食を支援
    ▽農業支援:トウモロコシ100町歩(ビニールハウス栽培)、米200町歩、豆100町歩
  2. 新規事業
    ▽託児所、幼稚園100箇所余りの施設改善及び衣服と布団支援
     →JTS中国実務者が託児・幼稚園を訪問調査した後、支援
    ▽託児所、幼稚園50箇所の診療所施設改善及び医療機器と医薬品支援
     →JTS中国実務者が託児・幼稚園を訪問調査した後、支援
    ▽衣料再生加工工場運営
     →工場設備(ミシン、洗濯機など)
    ▽子どもへの虫下し、栄養剤支援:それぞれ50万錠
    ▽農業機械修理工場、部品生産支援
    ▽豆満江流域 (プポ里、クルポ里) 農地開墾事業 600町歩
    ▽栄養食加工工場施設交替及び改善

咸鏡北道清津支援計画(清津市当局と協議中)

 ▽清津孤児院施設改善及び食料及び衣服支援

 ▽キョンソン地区の農場100町歩(ビニールハウス栽培)

 ▽緊急食糧支援


その他のJTS北朝鮮人道支援活動報告 2003年10月〜2004年3月

咸鏡北道清津孤児院、羅先市託児・幼稚園の子どもたちに肌着と砂糖を.....

 去る10月12日羅先市の託児・幼稚園の子どもたちのための肌着4953着と砂糖9トン、咸鏡北道清津の孤児院のための下着4200着と砂糖9トンが支援された。今年も寒い冬に子どもたちが肌着を着て、暖かく過ごしてくれればと思う。

羅先地域栄養食支援

 去る12月22日羅先市託児所・幼稚園の子どもたちの栄養食材料として使われる米38トンとトウモロコシ12トンを支援した。

羅先地域栄養食物品支援

 去る2月2日羅先市託児所、幼稚園の子どもたちの栄養食材料として使われる砂糖20トン、粉乳13トンを釜山港から羅津、先鋒へ向けて船積みをした。咸鏡北道清津の子どもたちに支援される米100トンを中国で購入し、2月6日会寧を経て、清津に到着した。

【JTS発行「美しい世界」通巻44号〜46号】

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