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JTS羅先オリニ結縁事業
WFPは今日、朝鮮民主主義人民共和国で最も飢餓に苦しむ人々に対する食糧供給を一部再開する異例の措置に踏みきったと発表した。それでもなお150万の立場の弱い人々が今後6週間にわたって飢餓に瀕することになり、新たな拠出が早急になされないと、今年後半には数百万の栄養不良の人々に食糧が行き渡らなくなると警告した。 朝鮮民主主義人民共和国におけるWFPの活動には、1カ月あたり平均4万トンの食糧が必要で、1400万米ドル以上の費用がかかる。 配給の一部再開は、主として、目前の食糧不足に対処するためにWFPがとった数多くの緊急措置の一環である借用要請に対する朝鮮民主主義人民共和国政府の積極的な対応によるものだ。平壌当局は先頃、通常は国の公共配給制度(PDS)に使用される限られた計画的備蓄から穀物2万5000トンを提供することに同意した。 WFPの支援がほとんど得られないために、一部の託児所と保育園は閉鎖を余儀なくされ、他方では子どもたちの食事の回数を3回から2回に減らさざるを得ない。 先週、WFPの支援を受けて妊産婦向けの栄養強化麺を生産している2つの工場が、WFPの小麦の在庫が底をついたために、操業停止を余儀なくされた。栄養不良の子ども向けに栄養強化食品を生産しているその他の工場もいくつか同じ危機に直面している。 「栄養基準改善へ向けてわずかながらも貴重な前進分が、まったくゼロに戻ってしまう恐れがある」とハイダー所長は語る。「食糧援助がなければ、今でも中程度の栄養不足の子どもたちが瞬時に重度の栄養不足となり、低体重児を出産した母親も母乳が出なくなる。これでは従来の飢餓のサイクルに拍車がかかるだけだ。」 【WFP日本事務所ホームページ】 今北朝鮮では−羅津・先鋒現地報道 栄養食を食べる子どもたち
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| ▲朴チナ海外事業本部長と羅先の子どもたち |
Q.羅津の天候はどうでしたか?
初めの日羅津に到着したときには、雲がかかってから、陽光がかんかんと照りつけ暖かく、ソウルとよく似た天気でした。東海に沿っているJTS栄養食工場に立ち入ると本当に爽快な空気と風が吹いていました。山々は紅葉が真っ赤に染まり、特に羅津は松が美しいところでした。到着した日は雹(ヒョウ)が降り注ぎ、夕立が降って、明日からは寒くなると、そこの官吏たちが言っていました。
Q.行かれた幼稚園と託児所はどこで、子どもたちの状態はどうでしたか?
羅先市社会乳牛牧場幼稚園、チョクチ農場幼稚園、羅先市チャンノ採集農場託児・幼稚園、羅先市羅津港託児所の4箇所でした。主に市内ではない、はずれにあるところに行ったのですが、市内では日曜日は休みますが、はずれでは1ヶ月に3回、1日、21日、31日と幼稚園・託児所が休みます。ちょうど出かけた日が休みの日で、遊びに出てきていた子どもたちと先生たちに会うことができました。出会った子どもたちは何名かは顔にはたけ(訳者註:顔面に白い粉をふいた円形の局面ができてくる皮膚病)が広がっていましたが、多数の子どもたちは健康に見えて、以前よりもとても活発に駆け回って遊んでいる姿を見ることができました。子どもたちに撮ったビデオを見せてあげると、とても喜んで、これは誰誰だと、自分たち同士で笑いながら喜ぶ姿は、まるで南の田舎の子どもたちを見ているようでしょう。
先鋒にあるチョクチ農場幼稚園に行って見ると、とても古い建物のようでした。そこは床に引いてあるオンドルの床がとても古く、ところどころ、オンドルの床の下のセメントの床が見えており、厚いオンドルの床を送ってくれるとうれしいですと、先生がおっしゃっていました。
羅先市羅津港託児所の校長先生に、JTSに頼みたいことがないかと尋ねると「特別なものはない。持続的に切れることなく、栄養食を継続して支援してくれることを望む」とおっしゃっていました。そして、「JTSから支援してもらった栄養食を食べている間、子どもたちは一回も下痢や腹痛がなく、全く異常がなかった。子どもたちが栄養食がとても好きで、おかげで良く育っている。普通、70%以上の子どもたちの栄養状態が丈夫だ」とおっしゃりました。
Q.子ども栄養食工場の実態はどうでしたか?
工場に着いたのが4時40分ごろで、工場の人夫が退社準備をしており、工場で作った栄養食粉を運搬するために、トラックに積んでいました。今回韓国に、後援者の皆さんに味見をしてもらうために栄養食を少し持ってきました。工場部品が磨耗した部分が多く、去る9月初旬に、機械を交換したので、機械の状態は良好でした。そして、送った栄養宿の原材料が大部分12月分まで残っていることを確認しました。
Q.羅津に今までとは違った様子はなかったですか?
羅津の市場がとても多くて、活性化していたことに驚きました。乾燥物、果物、魚、衣類、履物など多様な物が多く出ており、以前よりも多くの人々が市場で物を購入していました。そして、羅先市内やはずれにも、以前よりもより多くの人々で込み合っており、みんな闊達に見えました。
【JTS発行「美しい世界」通巻44号:2003年11月・12月号】
JTS理事長である法輪和尚と朴チナ海外事業本部長が去る2月3日〜6日まで3泊4日間、北朝鮮の招請で羅先の事業場を直接訪問しました。既存の事業である、託児所、幼稚園栄養食支援と農業支援などを点検することがその目的でした。そして、50箇所余りの診療所の施設改善及び医療機器と医薬品支援などの新規事業の開始や、住民の生活を向上させうる衣類再生加工工場運営事業などについても羅先市当局と協議を行いました。訪問内容についてレジュメ形式で報告します。
第1日目(2月2日月曜日)ソウル→瀋陽
▽ソウル→瀋陽(9時30分〜10時)
▽瀋陽領事館で北朝鮮清津訪問ビザを受ける
▽瀋陽→延吉(17時30分→20時30分)
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| ▲羅先の工場を視察する法輪和尚 |
第2日目(2月3日火曜日)延吉→ウォンヂョン→羅先
▽元々朝8時に出発しようとしていたが、平壌から、迎接する迎接所職員が到着していないので、出発時間を遅らせ、延吉で待つことにする。午後2時に平壌から連絡があり、出発することにする。
▽午後2時30分出発、午後4時30分に国境に到着し、手続きをへて通過したが、北朝鮮側の出入国管理事務所が門を閉じていた。事務所には暖房装置が全くなかった。
▽真っ暗な中、人々が事務室から出てきて、手続きをした後、車を待つ。
▽夜11時に羅先市対外貿易事業局長が急に出迎えに表れる。
▽深夜1時に羅先市に到着し、ナムサンホテルに宿泊。
▽最近国家から送電される電気が停電し、ホテルは自家発電で電気をつけている。
※とても寒く支援しようと持ってきた肌着を取り出して着る。
※後でホテルの従業員が電気毛布をもって来てくれた。
第3日目(2月4日水曜日)
▽迎接を行う、平壌からきた方々が午前8時に到着。16時間かかったとのこと
▽平壌からきた迎接所職員たちは羅先市と協議しなければならないので、午後から日程を立てることにした。
▽午後3時:JTS栄養食工場訪問
−JTS工場訪問だけでなく、アガペ(Agape)工場、酒工場、パン工場、ゴマ工場など魚工場の中にある全体の工場を見回る。工場長が案内する。
−夕方7時:平壌の内閣から来たお年をめされた参事という方と夕食を食べ、接待する。
第4日目(2月5日木曜日)
▽午前8時:プポ里とクルポ里訪問
−陰暦の正月15日の休暇であるが、予定が忙しい関係で、豆満江流域農地開発事業場であるプポ里とクルポ里訪問
−ビニールハウス及び水田開墾事業場を訪問し、先鋒地域農業開発委員会副委員長が現地案内
−湿地の中にある広い地域である1000町歩(1町歩=3000坪)
−石油がなく作業ができないということで、 石油支援を要請
−ビニールハウスの成果と問題など農業についての討論
▽午前10時:農業機械修理工場訪問
−工場の構内を一つ一つ見ながら質問し、討論する。
−部品を生産する鋼管がないので部品生産ができず、部品がないので修理ができないでいる。
−機械は古いが、きれいに磨かれていた。
−羅先市全体のトラクター350台。この工場の修理能力は120台。主にエンジン修理を数多く行っている。
▽午後2時:昼食後市内見学
−陰暦の正月15日であるので、昼食後子どもたちがみんな公園に出てきて縄跳び、こま回しなど民俗遊びをしていた。
−天主教が建てている病院(未開院)、韓民族福祉財団が建てた製薬工場(倉庫として使っている)、トゥレ(訳者註:韓国で生活共同体運動を展開している団体)が建てた幼稚園を訪問。
−休日なので中には入ることができず、外から見る。
−市場に行ったが、休日なので市場は閉まっており、前に露天ができて非常に混雑していた。
−様々な品物が露天に出ていた。何人かの物乞いの子どもたちがお金をくれとついてきた。飴をあげた。
▽午後4時:琵琶島訪問
−香港企業が投資した所で、娯楽場(カジノ)があるホテル。客は大部分が中国人であるとのこと
−使用貨幣はすべて中国人民元かドル
▽夕方、羅先対外貿易局長と対談
−今後の事業に対する対話(委員長が平壌に出張に行っており不在なので、今後議論して答えてくれることになった)
−内閣から来られた人が私たちを清津に案内するために来たが、雪が大量に降り道が渋滞し、23万KWの大型送信塔が故障したので、電気が完全に切れてしまい、到底お客様を迎えることが出来ないと決定したとのこと。
※それで私たちは、清津に行くことが出来ないなら、明日朝早く出国すると要請し、合意した。
第5日目(2月6日金曜日)羅先→ウォンヂョン→琿春→延吉
▽朝早く港を見回り、もう一度羅先市場を見て、ウォンヂョンの橋の入り口へと来た。
▽午前に手続きを終えようと、12時前にウンヂョンの出入国事務所に到着
▽ウォンヂョン出入国事務所に預けた荷物を引き取り、手続きを終え、中国へ出国(ウォンヂョン→琿春→延吉)
▽延吉羅先代表部事務所で羅先訪問の感想を交換
第6日目(2月7日土曜日)延吉→ソウル
羅先市支援改革(羅先市当局と協議中)
咸鏡北道清津支援計画(清津市当局と協議中)
▽清津孤児院施設改善及び食料及び衣服支援
▽キョンソン地区の農場100町歩(ビニールハウス栽培)
▽緊急食糧支援
咸鏡北道清津孤児院、羅先市託児・幼稚園の子どもたちに肌着と砂糖を.....
去る10月12日羅先市の託児・幼稚園の子どもたちのための肌着4953着と砂糖9トン、咸鏡北道清津の孤児院のための下着4200着と砂糖9トンが支援された。今年も寒い冬に子どもたちが肌着を着て、暖かく過ごしてくれればと思う。
羅先地域栄養食支援
去る12月22日羅先市託児所・幼稚園の子どもたちの栄養食材料として使われる米38トンとトウモロコシ12トンを支援した。
羅先地域栄養食物品支援
去る2月2日羅先市託児所、幼稚園の子どもたちの栄養食材料として使われる砂糖20トン、粉乳13トンを釜山港から羅津、先鋒へ向けて船積みをした。咸鏡北道清津の子どもたちに支援される米100トンを中国で購入し、2月6日会寧を経て、清津に到着した。
【JTS発行「美しい世界」通巻44号〜46号】
Page1 / Page2(通信12号の続き)
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