今、在日同胞から朝日国交正常化を考える

パネルディスカッション発題文

戦争戦後責任問題と朝日国交正常化

皇甫康子(ファンボ・カンヂャ)

 1592年〜1598年、6年間の秀吉の朝鮮侵略は朝鮮のいたる所に深い爪痕を残す。1604年、徳川家康は朝鮮に国交回復に対する意思を伝えるため、秀吉軍によって捕虜となった、1390名を朝鮮に戻した。

 「1607年日本側の積極的な遣使と送書にこたえて、呂祐吉を正使とする五百余名の通信使は、東アジアの平和の回復を求めて豊臣秀吉の朝鮮侵略を大義名分のない侵攻と批判し、反省した徳川家康の国書への回答と、朝鮮侵略時に拉致された同胞の調査と彼らを帰国させることを目的としたいわば戦後処理に折り目をつける回答兼刷還使を名乗る外交使節であった。(辛基秀)」…冊子「牛窓と朝鮮通信使」より抜粋

 上記の記録を読んで、2002年の小泉首相訪朝の時と比較せずにはいられない。秀吉の侵略時、捕虜となったり、さらわれた朝鮮人たちは10年満たない時間経過の中で自国政府が調査に乗り出したので、多くの人たちが祖国に帰ることができたのだろう。中には日本で富を築き、そのまま居続ける決意をした朝鮮人もいたという。

 半世紀近くを経て、自ら名乗り出た元「慰安婦」の女性たちによって、日本の戦後補償を求める声は世界的な注目を浴びることとなった。被害者たちが起こした戦後補償裁判は「国家責任はない」とそのほとんどが、退けられている。日本政府は被害者にその被害の事実を裏付ける資料を要求し、裁判を傍観している。何とか、国家補償の道を開こうと、2002年10月、女性議員が共闘し、民主・共産・社民の三野党が共同して提案し続けている議員立法提案、「戦時性的強制被害者問題解決促進に関する法律案」には、国家による被害者への金銭支払いを含む謝罪などの措置が必要であると訴えられているが、男性中心的な戦前社会への回帰を目指す動きが激しく、未だ成立していない。

 2004年2月13日、韓国で「日帝強制占領下強制動員被害真相究明等に関する特別法」が成立した。

 2003年7月、9年ぶりの女性差別撤廃委員会による日本報告審査が行われた。女性差別撤廃条約などの国際的な条約は国内法よりも優位にあるとされているが、それを最も必要としている人々に届き、活用されなければ、条約の真価を発揮できず、条約の存在意義と力を失う。マイノリティ女性への視点が欠如していたことを日本政府に認めさせ、マイノリティ女性への視点を持った政策を創出させる足がかりになった発表とNGOレポートの提出がなされた。

 もちろん、「従軍慰安婦」問題についての日本報告書審査では、アジア女性基金では政府の施策が不十分であることや、「慰安婦」問題をきちんと教科書に記載し、次世代へ伝えるべきだと委員から意見が出された。また、「女性が人間以下に扱われたことを認め、謝罪することは恥ではなく、かえって日本政府の信頼性をはるかに高めることになる」と日本政府の態度の転換と被害者の人権救済を求めるコメントがあった。

 委員会に提出したNGOレポートでは「在日」女性への差別政策や拉致問題以後、一層ひどくなった、朝鮮学校女子生徒に対する嫌がらせを放置している日本政府へ、「在日朝鮮人の子ども達、とくに女子生徒に対する暴力防止の迅速かつ実効的な措置を講じる」「朝鮮人学校への制度的差別の即時是正」「民族差別とそれに基づく暴力根絶のための人権教育や啓発活動の強化」などが求められている。★女性差別撤廃委員会副議長には申ヘスさんが着任している。

 反差別国際運動日本委員会(IMADARーJC)での複合差別委員会、マイノリティ女性ネットの取り組みによって、2004年2月13日、日本政府、<内閣府><文部科学省><外務省>、との交渉が実現。マイノリティ女性への視点を持って、女性政策を行うことと、実態調査を要望。在日女性の実態調査として「アプロ実態調査プロジェクト」が立ち上げられた。


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