今年一月二十四日〜二十五日にかけて、私たちは広島を訪問しました。今回は市民の会広島支部の豊永さんを中心に多くの方から協力をいただき、昨年八月に姉妹提携を結んだ韓国のNGOであるKYC(韓国青年連合会)大邱からも五名(オーマイニュース記者一名)が参加し、総勢三〇数名の非常に意義のある行事となりました。
私たちが広島を訪問した理由は、日本が有事立法や自衛隊のイラク派遣など戦争のできる国へと着実に向かっている中で、若い世代が戦争被害者の視点から戦争を否定できる想像力を持つことが重要だと考えたからです。在日コリアンとして日本の戦争責任を加害の側面で指摘してきたのですが、九〇年代後半以降の全般的な右傾化の中でアジアに対する加害面を否定するだけではなく、日本人(市民)の戦争被害さえも風化していく危機感があります。郭さんや市場さんとの関わりの中でKEY大阪でも在韓被爆者問題には大きな関心を持ってきたのですが、今改めて日本における平和教育の原点のひとつである広島を訪れ、被爆者の方との交流を通じてこれからの平和づくりにどう責任を持てばよいかを考える機会をつくりました。
広島へはバスで五時間ほどかけて到着し、まずは民団広島県本部で豊永さんから講演をいただきました。冒頭で長崎市が崔さんの健康管理手当申請を却下したことが報告されました。まさに来日のできない病状の重い方々にこそ必要なものであるのに切り捨てられる現状は、大きな矛盾の現れだと思います。
豊永さん自身の被爆された体験のお話の中で、子ども心に原子雲がルーズベルトとチャーチルの顔に見えたというお話が非常に印象的でした。現にイラク戦争も米英主導ですし、新たな戦争を生み出していくという意味でいかに正義のない国かという感覚がよく伝わってきました。お母さんが弟さんをかばって大やけどをされたこと、放射能による影響でひどい下痢をしたこと、水が飲めなかったこと、中でも在日朝鮮人が被爆をした際に差別により助けてもらえずより大きな被害となったこと、さらに教員になってから初めて朝鮮人差別に気付かれたこと、在韓被爆者との出会い、在外被爆者の支援に関わる具体的な課題について話され、最後には広島の平和運動について考えていること−米国の原爆投下責任、アジア侵略の拠点・軍事都市としての広島、被爆者支援、核廃絶・・・について多くの人と話をしたい、と結ばれました。講演後の討論では、アメリカにおける核廃絶・被爆者運動の厳しい現状や被爆二世の課題などがテーマとなりました。
講演会の途中で朝鮮人被爆者協会の李実根さんも参加いただき、講演会後は市民の会の方々とともに韓国居酒屋「こんべ」で交流会を持ちました。KEY大阪各地域のメンバーやKYC大邱のメンバーが今事業に臨んだ思いや今後の課題について話をし、市民の会の方々、豊永さん、李さんからも心のこもったお話をいただき、私たちの訪問を喜んでいただいていることが伝わってきました。最後に李さんが、今日本が進もうとしている軍事化の方向に対する非常な危機感を、過去の軍歌を自衛隊に置き換えて歌うことで示されたことがみんなの心に残っています。
二日目の午前中には、広島平和記念資料館を見学後、豊永さんのご案内で広島平和公園内の韓国人慰霊碑など様々な慰霊碑や供養塔、被災跡をフィールドワークし原爆被害の爪痕を体感しました。行事前に豊永さんと連絡を取り合う中で一月の初めにお母さんが亡くなられたことをお聞きしたのですが、フィールドワーク後は平和祈念館へ参加メンバーと一緒にお母さんの写真を収めに行きました。
午後からは、KYC大邱のメンバーとともに平和に向けたパフォーマンス活動を原爆ドーム前で行いました。民族楽器を使った練り歩きやアピールビラ配布、平和メッセージづくり、各地域からのパフォーマンス発表が主な内容です。公園内の人はまばらだったのですが、通りすがりの方々に呼びかけて平和へのメッセージや絵などを書いていただきました。潜在的には戦争のない平和な社会を願っている人びとはたくさんいるのだと思います。最後に、自衛隊のイラク派遣反対、東北アジアの非核化と世界の核廃絶、被爆者への誠実な対応、戦争被害者の視覚から平和づくりをすることなどを訴えたアピール文を朗読してパフォーマンスを終えました。
行事の最後には、元韓国人被爆者対策委員会委員長の姜文熙さんより講演をいただきました。内容は姜さん自身の来日された経緯、被爆体験や軍事都市としての広島、被爆者問題の歴史と現状などです。日本の植民地支配や太平洋戦争などの歴史的背景を丁寧に追いながら、自身の体験を語られていました。当時の朝鮮人や中国人に対する強烈な差別、戦争へと向かっていく雰囲気について触れながら、今のイラク戦争への協力に対して「戦争をしてくださいといって税金を納めているわけではない」と怒りを示されていたことが印象に残っています。「日本人がひどい目にあったと言っていたが、その隣では朝鮮人が多く死んでいた」こと、朝鮮人が「戦中はこき使われ戦後は粗大ゴミのように捨てられた」こと、「朝鮮人の被害は日本の国策の誤りが原因であり責任を取るべきである」との考えを述べられました。姜さんとはゆっくりと討論や交流をする時間がなくて残念だったのですが、また機会が持てればと思っています。
今年七月には、KEY大阪ではKYC大邱との姉妹提携事業の一環として在韓被爆者の多くおられる大邱を訪問しますので、その前に大阪におられる在日コリアンの被爆者の方々との接点を模索し、韓国や広島・長崎などの被爆者の方々とつながりを広げられればと考えています。歴史に埋もれ、なお今日本では風化しつつある被爆者の存在を再照明し、本当の意味で平和への道程を刻んでいくことが大きな目標です。
KEY大阪地方協議会代表 文盛優
|