社会活動・イベント

南北海外青年学生代表者会議−宋勝哉KEY共同代表感想文

海外同胞の経験を統一に活かすということ
〜南北海外青年学生団体代表者会議参加感想文〜

宋勝哉

去る3月21日、中国の瀋陽で南北海外青年学生団体代表者会議が開催され、KEYの代表として私が参加した。南北海外の青年学生同士の集まりに参加するのは、KEYとして(韓青連時代を含めて)2度目である。KEYがこのような集まりに始めて参加したのは、2002年10月に金剛山で開催された南北海外青年学生統一大会だった。そして、この大会がまさに、南北海外三者の合法的かつ大規模な出会いと交流を実現した史上初の大会だった。

6.15共同宣言の発表以降、各界各層の民間統一運動は活発に展開されている。このような民間統一運動の流れの中で、青年学生がどのような役割を果たすべきなのだろうか? そして、往々にして、民間交流が「南北」の枠組みでなされ「南北海外」ということが明記される場が決して多いとはいえない中で、青年学生レベルでの交流は当初から海外を含める形で展開されてきた。そのような青年学生レベルの統一運動の特殊性を生かす形で、統一という課題の実現に海外同胞がどのような役割を果たすべきなのか? そのことを実践的に模索するために今回の代表者会議に参加することとした。

会議に参加して実感したことは、6.15共同宣言履行の必要性が南北海外問わず等しく共有されているということだった。そして、「核問題」を取り巻く情勢の中、朝鮮半島での戦争の危機を払拭するために青年学生が先頭に立たなければならないことが強調されていた。これらの主張に対しては、私としても共感できるものであるし、その必要性を深く再認識する場となった。あわせて、南北海外の青年学生の力で朝鮮半島での戦争を防ぐためにも南北海外の同胞が手を結び、私たち同士の交流と協力をより一層深めていく必要性についても痛感する場となった。南北海外青年学生交流事業は朝鮮半島での戦争を防ぐために、私たちができる最も大切な努力のうちの一つである。

同時に、今回の代表者会議は、私が持つものの見方・考え方との相違点を感じる場でもあった。参加者の発言のなかで、「我が民族の優秀性」を強調する発言が多々行われた。また、檀君民族末裔の単一民族であることも多々強調されていた。合意文などにも多々含まれている。しかし、このくだりには私は何かざらざらとした違和感を感じた。我が民族は統一しなければならないし、朝鮮半島での戦争を防ぐためにも南北海外の同胞間の出会いと交流協力が活性化されなければならない。しかし、そのことを主張するのに、あえて「我が民族の優秀性」や「単一民族」であることを主張する必要があるのであろうか。

私にとって、民族に優秀性はない。どの民族にも優劣はない。だからこそそれぞれの民族が尊重されなければならない。私が民族にこだわるのは自分のルーツにこだわるということであって、それ以上のそれ以下の意味もない。そして、私が統一が大切だと思うのは、分断されていることによる様々な痛み、そして社会のゆがみが存在するからであり、統一することが朝鮮半島の平和のみならず東北アジアひいては世界の平和に貢献するからである。私たちが単一民族かどうかは関係がない。

このような差異点があるからといって、合意文の発表などには反対するべきではないと考えている。なぜなら、合意文の、そして会議での論議の趣旨は大筋で合意できるものであるし、現情勢の中では非常に大切な指摘を含んでいるからである。そして何よりも、差異点よりも合意点を大切にし、合意点を探し出していく努力こそが統一のために重要だからである。

しかし、今後、南北海外の参加者が持つ差異点を、より豊かな統一された朝鮮半島を作り出していくために活かしていくことが求められていることを痛感した。そのためには、差異点についても無視することなく、議論するということが重要になってくるように思われる。そういった観点から、今回の参加者の大多数の共通認識であろうと思われる、「我が民族の優秀性」や「単一民族」を強調する思考について私はあえて異議を唱えたい。そして、海外同胞、特に在日同胞が統一に果たしうる独特の役割について強調したい。

海外同胞は居住国で少数民族として、多数民族との関係性の中で生きてきた。在日同胞などの場合は、多数民族に排外され差別政策を受けることもしばしばだった。その様々な経験の中で私たちが感じたのは、多数民族による少数民族に対する差別の深刻さであった。日本社会の歴史を見ても分かるように、「大和民族の優秀性」と「日本の単一民族国家性」を強調する思考は、他民族に対する差別・排外思想を生み出す温床となった。

私たちは日本社会における、そして居住国における差別と排外政策をなくすために努力してきた。そして、そして、その中で否定されてきた自らのルーツを大切にすることの重要性を実感してきた。自らのルーツを尊重しながらなされる、様々な民族的背景を持つ人々との「共生」の重要性を実感してきた。社会が開かれた「多民族多文化共生社会」にならなければならないことを実感してきた。

私が望む統一された朝鮮半島は、そのような開かれた「多民族多文化共生社会」としての統一朝鮮半島である。そのためには、時には差別・排外の温床となりうる「我が民族の優秀性」や「単一民族」を強調しながらなされる統一ではなく、様々な民族的背景を持った人々がともに生きるということの必要性が強調される統一が大切であると考える。

少なくとも南側には我が民族のみではない様々なマイノリティーが生活している。南側の外国人差別の問題は非常に深刻である。そのようなマイノリティーに対しての差別が維持されたままの統一ではなく、マイノリティーへの差別がなく、開かれた「多民族多文化共生社会」としての統一朝鮮半島が実現されなければならないと私は思う。

海外同胞の持っている経験は、そのような統一朝鮮半島に象徴される、より豊かな統一された祖国を実現する上で必要不可欠な経験である。私たちの持つこのような視点を、今後の南北海外青年学生交流事業の中で、他の南北海外の同胞たちと共有していくことの必要性を私は強く感じた。

※この文章は、個人としての感想文であって、団体の見解を正確に表すものではありません。ご了承ください。

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