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2004年6月14日〜6月17日、「6.15共同宣言発表4周年記念 我が民族大会」が仁川で開催され、KEYからも宋勝哉共同代表と金朋央共同代表が参加しました。本大会は、南北海外の三者代表がすべて参加し、南側で開催される大会として初めての大会でした。
大会には、北側からキム・ジョンホ朝鮮文学芸術総同盟中央委員会委員長を団長とし、朝鮮社会民主党、天道教青友党、祖国統一民主主義戦線、民族和解協議会、祖国統一汎民族連合と祖国統一汎民族青年学生連合の北側本部、朝鮮職業総同盟、金日成社会主義青年同盟、朝鮮農業勤労者同盟、朝鮮民主女性同盟、朝鮮学生委員会、朝鮮宗教人協議会などの団体の代表103名が参加しました。海外からは、在日、在中、在米、在ドイツ、在オーストラリアなど57名の代表が参加しました。在日同胞団体としては、民団、総聯代表がそろって参加することとなりました。その他にも韓統連、(特活)三千里鉄道、KEYの参加者を含め、在日同胞からは28名が大会に参加しました。
行事期間中、▽歓迎宴会(14日夕方)、▽統一大行進(15日午前中)、▽我が民族大会(15日)、▽体育娯楽協議(15日午後)、▽我が民族自慢大会(15日夕方)、▽6.15Kmマラソン大会(16日午前)、▽閉幕式(16日午前)、▽北側・海外江華島観光(16日午後)、▽感想晩餐(16日夕方)などの行事が開催されました。
15日に開催された「我が民族大会」では、南北海外代表の演説に引き続き、民族大団結宣言が南北海外の代表らによって発表さました。宣伝では▽6.15共同宣言の基本精神である民族自主の原則に基づいて、▽統一のための道で理念と制度の相違を乗り越え、▽民族の生存を守り国の平和を実現する道でいつも団結することを宣言しました。そして、6.15共同宣言5周年、祖国解放・分断60年にあたる2005年を祖国統一の元年にすることが訴えられました。
体育娯楽協議では、南北海外が混ぜ合わさってできた「自主チーム」と「統一チーム」の対抗戦で4種目の協議が開催され、KEY代表も参加し、南北海外代表と共にするスポーツの時間を楽しみました。マラソン大会で見られた、南北海外の参加者が手をつなぎ、「祖国統一!」と叫びながらゴールする姿は、南北海外の和解をより一層印象付けるものでした。
何よりも圧巻だったのは15日の夕方に開催された「我が民族自慢大会」でした。南側と北側が歌、踊り、パンソリなどそれぞれの文化を紹介する場として開催された「我が民族自慢大会」は、MBSで全国中継されました。会場は、SK野球場で仁川市民が参加できる公開行事としても開催され、2万人の仁川市民が参加しました。南側北側の文化発表は勿論のこと、「ウリヌンハナ(私たちは一つだ)」「祖国統一!」を叫び、時にはウェーブが起きる会場は朝鮮半島の南北統一に対する仁川市民の熱気を十分に感じることのできる行事でした。
今回の「我が民族大会」はこの「我が民族自慢大会」の他にも、「6.15Kmマラソン大会」などが、仁川市民が参加できる公開行事として開催されました。朝鮮半島の和解と統一が数多くの市民の共感と参加なしには実現できないことを考えると、市民参与型の大会は非常に大きな意味があるものでした。
また、「体育娯楽協議」や「6.15Kmマラソン大会」で繰り広げられた北側代表団の歌と踊りによる応援も大会に花を添えていました。この応援は、南や海外社会の高度消費社会ではなくなりつつある、素朴な文化と共同体の大切さを実感させてくれるものでした。
今回の大会には、2002年の「南北海外青年学生統一大会」、2004年の「南北海外青年学生団体代表者会議」の際に出会った、北側青年代表、南側青年代表も数多く参加していました。在中の青年代表や、在日の朝青・韓青からも代表が参加していました。南北海外の青年の代表者たちは、酒を酌み交わしながら、久しぶりの再開を祝し、夜遅くまで友情を暖めあっていました。
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