KEY Title
HomeページへHomeサイトマップSiteMapメール送信Mail
Main Menu
What's KEY
KEYネットワーク事務局
東 京北大阪生 野
東大阪尼 崎神 戸
社会活動・イベント
講座・サークル
情報・資料
Link
掲示板

社会活動・イベント

東北アジア横断青年紀行〜アジアのもうひとつの未来〜 [2006.12.11-20]

 

東北アジア横断青年紀行報告<2006年12月11日(月)〜12月20日(水)>

報告者 田中 美奈子

東京、ソウル、大邱、北京を巡り、歴史や現状を知り、東北アジアの未来を描く旅。フィールドワーク、講演会、討論会に交流会と様々なプログラムが詰まった、とても内容の濃い10日間だった。いろんなことを感じ、たくさんの大事なことを教えてもらった。

KEYで触れるようになった歴史や人権の問題。事実を知れば知るほど、私はその問題について何をどう考えたらいいのかわからなくなっていた。そんな、思考停止になりかけていたときに、この試験的な事業の話が舞い込んだ。これは行っておくべきじゃないか?という気がして、休暇をもらい、思い切って参加した。歴史について知識は浅いしハングルも話せない。でも、もっと知りたい、何かを得たい。不安と期待が入り混じりながら・・・。

左から中国、日本、韓国のパスポート。どれも持ち主はコリアン。

12月11日夕方、東京の代々木オリンピックセンター。韓国KYCから来日した4名、KEYは私を含む大阪の3人に東京のメンバー、また、現在日本に留学中の中国出身の朝鮮族の青年が1名と、3カ国からコリアンが集まった。ほとんど知らない顔ばかりの中、少し緊張しながらも、10日間の日程がスタートした。

開幕記念講演では、雑誌「世界」の岡本厚氏が東北アジアの平和というこの事業全体のテーマでもある話について解説してくれた。共同で平和をつくるという可能性や、広い視野を持つことの大切さ。希望があるんだってことを心に留めて、各プログラムに臨んでいこうと思った。

翌12日は、靖国神社フィールドワーク、歴史教科書についての講演会、歴史認識についての討論会。13日は、横田基地フィールドワークと在日米軍についての講演会。自分の親か祖父母の年代の講師の方たちが、各問題に第一線で取り組んでいらっしゃる。見るもの、聞くもの、訪れる場所が初めてのものばかりで、自分の世界が広げられていくようだ。また、一緒に行動する参加者との交流も楽しい経験だった。

3日間でも息切れしそうな東京の日程を終え、4日目の12月14日にソウルへ。私にとっては初めてのソウル。空港からバスに乗り継ぎ、明洞近くのユースホステルへ移動。多くのKYCメンバーが迎えてくれた。

そして、韓国での日程が開始。14日夜にシンポジウム、15日はソウル市内フィールドワーク、講演会、西大門刑務所フィールドワーク。プログラムはKYC側で準備されたもので、フィールドワークではボランティアの方がガイドをしてくれた。ガイドの方の平和について、人権についての深い想いがよく伝わってきた。こうやって懸命に活動をしている人たちの力強さや信念に感動した。

15日夜にソウルから大邱へKTXで移動。駅近くの宿に泊まる。16日は午前中に大邱市内で元従軍「慰安婦」のハルモニに会った。午後はバスで陜川の原爆被害者の暮らす福祉施設へ。この日に会った戦争の被害者であるハルモニたちのことはとても印象に残っている。私は本などである程度わかっていたつもりだった。けれど、実際に会ってみて、そんな私の想像を超えるつらい過去と現在も続く苦しみを抱えていることにショックを受けた。悲しさと悔しさと怒りの滲む声、目に浮かぶ涙。胸が詰まって何と声をかけたらいいのか分からなかった。

こんなにひどいことがあっていいのか?あんなにも深い傷はおそらくいつまでも癒えない。戦争が引き起こす、残酷な現実をまざまざと見せられた。

私たちにできることは何なのか?少なくとも言えるのは、戦争の愚かさを知り、二度と繰り返さないよう努力していくことじゃないだろうか。だから、過去から目をそらしてはいけない。過去を知ることは未来を考えることなんだ、と思った。この事業に集まった人たちのように、共通の想いを持つ人の輪を広げていって世界を少しでも平和に近づけていきたい。日本、韓国の日程を通じてそんなことを感じていた。

17日、大邱からソウル、そしてソウルから最後の訪問地、北京へ飛ぶ。ここから参加者はぐっと減り6人に。この6人は東京から全日程フル参加。KYCの3人と留学生1人にKEYの2人。中国出身の留学生を除いて誰も中国語がわからない。(ハングルもできないのは私だけ…。)少人数で巨大な中国に放り出されたみたいで、ちょっと不安、でも逆に一体感が生まれて、楽しい旅になった。

盧溝橋フィールドワーク。この日の最高気温は0℃。

北京では現地の受け入れ団体はなかったけれど、現地の韓国人活動家に会い、盧溝橋フィールドワークに抗日戦争記念館見学、講演、北京現代自動車工場見学などをした。毎食、油の効いた大量の中華料理に悩まされたが、万里の長城や北京市内観光もしっかり挟んで楽しんだ。

プログラムが進むにつれて、私は中国の大きさに圧倒されていった。きっとほかのメンバーもそうだったと思う。2008年のオリンピックを前に急速な経済発展に沸く北京。高層ビルの建設ラッシュと道路にあふれる自動車。排気ガスのせいか黄砂のせいか、街の空気は汚れていたけれど。

今、中国の人たちにとっては、(経済的に)豊かな未来に向かうことが最大の関心事のように思えた。社会主義体制で、純粋な市民活動というものもない。今まで日本や韓国で見てきたような活動について、いったい関心を持ってもらえるんだろうか?多くの人たちと想いを共有して東北アジアの平和を目指すんだ!と、高まっていた気持ちが、大きな壁にぶつかったみたいだった。

後になって考えてみると、中国について知らなさ過ぎたのだと思う。政治体制から歴史、文化、経済体制まで、全く違う国なのだ。まずはそういったことを理解するところから始めなくちゃどうにもならない。その上で、この国ではどんなふうに平和を作るための働きかけができるのか、考えていくしかないんだなと思った。そんな単純なことが分かっただけでも、私にとっては北京に行った意味があったと思う。

19日、最後の夜は、私は疲れが来たのか相当ぐったりしていた。みんなに心配かけてしまい、申し訳なかった。ほぼ毎晩、交流会(飲み会)を遅くまで繰り広げながらも元気な韓国人には本当にびっくり。

20日朝、ホテルで韓国KYCの3人とお別れ。飛行機の時間の関係で、日本に帰る3人は一足先に空港へ向かう。日本へは仁川空港で飛行機を乗り継ぎ、留学生は成田空港へ、KEYの2人は関西空港へ。東京から北京までたくさんの人と密度の濃い時間を過ごしたツアーは終了した。

今回のツアーを通じて多くの人に出会い、様々な人が平和に対する取り組みや社会への働きかけをしている姿に心を打たれた。それぞれ違う取り組みだけれど、よりよい未来、平和な世界を目指しているというところで共通している。こんなふうに“平和を目指す市民”がたくさんいるという事実に、私は希望を感じた。人と会うことって大切だと実感した。それぞれの背景は違っても、実際に会ってみて、相手を知って、お互い認めあうことができる。そして、共に明るい未来を作っていくことができるようになるんだと思った。

こんなふうに希望を持ってポジティブに未来を考えること。ツアーでその大切さを学んだ。実際、世の中の状況を見れば、耳を塞ぎたくなるようなニュースも多い。けれど、ここで耳を塞いだり、目を背けたりしても、状況はよくなるどころかますます悪い方へ向かってしまうだろう。閉じた世界にこもってしまわないで、広く世界に目を向けて、未来を創造していかなくては。

ハードスケジュールだったけれど、私にとって本当に心に残る旅になった。東アジアに住む、多様性に富んだコリアン。国籍も言葉も文化も違うけれど、朝鮮半島にルーツを持つ者という共通点のおかげでたくさんの人とつながることができた。私はコリアという自分のルーツを大事にしながら、歴史や世界の真実を見つめていきたいと思う。

(掲載:2007年7月14日)


TOPへ | HOMEへ
お問い合わせはこちらメール送信まで
Copyright (C) 2004 KEY. All Rights Reserved.